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2016年 07月 23日

御嶽公会堂(旧金櫻神社参籠所)

【御嶽公会堂 正面】
f0191673_14115054.jpg  金桜神社の門前に建つ御嶽公会堂が、平成28年7月15日に文化審議会から文部科学大臣に対し、登録有形文化財に登録するよう答申された。

 門前正面に建つ公会堂は、その外観などから金桜神社門前の景観に合わせた建物であり、金桜神社の焼失前、現在以上に門前町の景観が残されていた当時の名残りを残す数少ない建造物のひとつである。














【御嶽公会堂 後方】
f0191673_14120011.jpg 文化庁の報道資料等によれば、御嶽公会堂は18世紀中ごろに金桜神社の参籠所(金桜神社への祈願のための宿泊所)として建設され、昭和10年頃に現在地に移築され、その後、地区の公会堂となり、昭和54年に現在の姿に改修されている。
 また、内部に柱を建てない大空間など参籠所としての特色を今に伝えていることが、登録有形文化財として登録される理由のひとつであるという。















【金櫻神社 境内図】
f0191673_14113875.jpg 左記の金桜神社境内図は明治期のものであり、赤く囲んだ部分が金桜神社境内に建てられていた当時の参籠所である。
























【金桜神社境内の参籠所】
f0191673_09230531.jpg 金桜神社焼失前に残されていた、旧国宝の東宮本殿及び中宮社殿は、昭和11年に大修理がなされ、また、それに合わせて境内全体の改修がなされていることから、その時期に参籠所が境内地から門前に移築されたものと思われる。
 写真の青く囲んだ建物が、境内地に建てられていた頃の参籠所である。














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by kaz794889 | 2016-07-23 10:49 | Comments(0)
2016年 06月 12日

津島家寄託 太宰治資料展Ⅱ

【太宰治資料展Ⅱ パンフレット】
f0191673_22173654.jpg 
 平成26年8月に、太宰治の資料約50点が、津島家から三鷹市に寄託され、昨年の6月13日から28日まで、「津島家寄託 太宰治資料展」として、三鷹駅前の三鷹市美術ギャラリーにおいて開催されている。
[平成27年6月開催の太宰治資料展]
 http://kaz794889.exblog.jp/24136455/

 本年も、昨年度開催された同展における未公開の津島家寄託資料を中心とした約70点を展示資料とする、「津島家寄託 太宰治資料展Ⅱ ~師、友そして「饗応夫人」~」として、平成28年6月11日~7月3日を会期として、昨年と同じ三鷹駅前の三鷹市美術ギャラリーにおいて開催していることから、本日、同展を観覧した。

 展示は「Ⅰ 師友集いし<三鷹の家>」、「Ⅱ 太宰治と「饗応夫人」」の二部構成となっており、三鷹時代における太宰治の文学交流などが中心となった展示となっている。
 
 三鷹時代における資料を中心とした今回の資料展において、太宰治の甲府疎開時における関係資料が展示されている。
 昭和20年3月に夫人と子供二人を当時の甲府市水門町にあった夫人の実家である石原家に疎開させ、同年4月には太宰治自身も石原家に疎開しているが、同年7月6日夜の甲府空襲により石原家も罹災しており、太宰治の家族も焼け出されている。
 今回の展示品の中に、甲府空襲による罹災証明書が展示されている。
 当該証明書には次のとおり記載されている。
「罹災証明、 甲府市水門町石原方、 津島(以降は判読不可)、家族数外○(判読不可)名、右者昭和20年7月6日ノ空襲ニ依リ罹災シタルコトヲ証明ス、昭和20年7月8日、甲府警察署長」

罹災証明書は、終戦後における三鷹時代の「家庭用品購入通帳」の最終頁に添付されている状態で残されており、そこには美知子夫人の几帳面さが感じられる。
 

【展示室の入口】
f0191673_22190569.jpg 6月19日の桜桃忌を中心に三鷹市においては、前記の「太宰治資料展Ⅱ」の他、同市の「太宰治文学サロン」においては、6月7日から10月2日を会期として、昭和23年~24年にかけて八雲書店から刊行された太宰治全集に関する企画展示である「太宰治の全集創作」展が開催されている。 



















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by kaz794889 | 2016-06-12 23:11 | Comments(1)
2016年 01月 10日

都留市 昭和大戦顕彰碑

【昭和大戦顕彰碑の建設作業】
f0191673_22520268.jpg 昭和29年5月に建立された都留市の昭和大戦顕彰碑の建設作業時の写真である。
 
 顕彰碑の建てられた位置には、大正8年4月に最初の谷村町忠魂殿が建設されていたが、昭和3年8月に後方の山崩れにより埋没大破したという。
 
















【昭和大戦顕彰碑の建設作業 2】
f0191673_22520763.jpg





























【現在の顕彰碑】
f0191673_22521399.jpg 建設以来60年余が経過した現在の顕彰碑である。





























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by kaz794889 | 2016-01-10 14:53 | Comments(0)
2016年 01月 03日

謹賀新年 山梨実業家案内


【昭和9年1月1日 山梨実業家案内】
f0191673_12565649.jpg 甲府市二十人町67番地の遠藤印刷所が昭和9年の年始向けに発行した
『山梨実業家案内』である。
 
 三つ折りを開くと両面に「山梨実業家連合広告」と題する甲府市内を中心とする商店や事業所などの広告が掲載されており、裏面に印刷された発行者である遠藤義明の「謹告御礼」と題するあいさつには「今回山梨実業家案内印刷に際し多大の御引立によりて無事図案広告の新刊の栄を得たる是れ一重に賛助諸賢の厚き御同情と深く御礼申上候」と記されている。 





















【柳町三栄会連合会有志による年始広告】
f0191673_12570521.jpg 山梨実業家案内にある「柳町三栄会連合会有志」と題する、昭和9年時に甲府市柳町に所在した商店の年始向け広告である。
















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by kaz794889 | 2016-01-03 17:17 | Comments(0)
2016年 01月 02日

100年前の謹賀新年

【1916年(大正5年)岡島百貨店の年賀チラシ】
f0191673_15105530.jpg 本年、平成28年(2016年)の100年前は大正5年(1916年)である。
 
 大正5年における山梨県の人口は618,657人、世帯数は98,652世帯。人口動態としては、自然増9,077人(出生21,371人、死亡12,294人)、婚姻が5,826組、離婚が664組であったという。

【平成27年12月1日現在の山梨県常住人口は
 833,664人、同世帯数は335,220世帯である。】

 また、この年には甲府市錦町に山梨県病院(現在の山梨県立中央病院)、甲府地方裁判所の新庁舎が竣工している。

 写真は、甲府市柳町で営業していた岡島呉服店(現在の岡島百貨店)が顧客に送付した、この年の年賀チラシである。



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by kaz794889 | 2016-01-02 15:55 | Comments(0)
2015年 12月 20日

三島神社の大欅

【三島神社 東側参道の鳥居】
f0191673_12312259.jpg 大月市街、甲州街道沿いに鎮座する三島神社境内にはかつて4本の大欅がそびえていたという。
 大月の地名の由来は、この大欅を欅の古名である「槻(つき)」から、「大槻」と呼んだことによると云われているが、4本の大欅は枯死などにより現在は残されていない。 

 

















【三島神社 境内】
f0191673_12313821.jpg 三島神社境内にあった4本の大欅は、安政5年、万延元年、明治7年及び昭和30年に枯死しており、写真の手水舎の右側を始め、枯死した大欅に係る4基の記念碑が建てられている。





















【三島神社本殿脇の「三嶋神社ノ大欅」標石】
f0191673_12313143.jpg 昭和30年に枯死した大欅は、「史跡名勝天然記念物保存法」に基づき昭和3年1月に『大月町ノ大欅』として国の天然記念物に指定され、昭和5年4月には「三島神社ノ大欅」として名称が変更されている。
 「天然記念物 三嶋神社ノ大欅」と刻まれた本殿脇の標石は、この大欅に係るものであり、昭和5年3月25日に建立されている。

 この大欅について昭和5年3月に鉄道省が発行した『日本案内記 関東編』には「【大月の大欅】大月駅前の東、三島神社の境内にある。樹幹周囲目通り10米、根廻り12米7、神木として保護されて居る。同境内にはもと他に三株の大欅が存して居た。現存のものと共に四本木と称し、富士登り道者の昔から注目した大木であったと云ふ。指定の天然記念物である。」と記されている。
 
 現在は、残されたこの標石が、国指定の天然記念物であった大欅の存在を伝えている。







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by kaz794889 | 2015-12-20 15:25 | Comments(0)
2015年 12月 17日

都留市・仲町大神宮附近の景

【仲町大神宮附近からの市街地】
f0191673_00033104.jpg 昭和29年5月の「昭和大戦顕彰碑」建設時における様子である。
 奥に写る石組みの先には、現在「ぴゅあ富士」が建てられている。
 また、家々の奥に写る大屋根の建物は、かつのて谷村町役場であり、当時の都留市役所の庁舎である。

















【現在の同位置】
f0191673_00032186.jpg 写真の左奥が仲町大神宮である。
 国道139号の大手前交叉点の一角に建てられていた旧都留市役所庁舎も現在は取り壊され、現在は空き地となっている。
 上記の写真に写る附近の家も、現在は全て立て替えられ、道筋も整備されている。
 





















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by kaz794889 | 2015-12-17 06:30 | Comments(0)
2015年 12月 15日

「谷村代官の治世と文化」展

【「谷村代官の治世と文化」展のチラシ】
f0191673_18194620.jpg 都留市の「ミュージアム都留」で開催中(平成27年11月8日~同28年1月17日)の、平成27年度企画展『谷村代官の治世と文化』を観覧した。

 宝永元年12月、当時の谷村藩主であった秋元喬知に対し武蔵国川越への転封が命じられ、秋元家の所領である都留郡(現在の南、北都留郡)は、同時期に川越藩主から甲府藩主となった柳沢吉保の柳沢家預かり地支配となった。
 その後、正徳3年に幕府代官の支配となり、以降の郡内は幕末まで幕府領となっている。
 幕府代官支配となった後、当時の上谷村と下谷村の境界に位置した旧秋元家の家老であった高山甚五兵衛の屋敷地に谷村陣屋が置かれている。
 また、享保5年には谷村陣屋は出張陣屋となり、それ以降は主に石和代官所からの出張代官となるなどし明治維新を迎えている。

 本展は「Ⅰ 谷村代官所の成立と変遷」、「Ⅱ 谷村代官の活躍と事蹟」、「Ⅲ 江川太郎左衛門と西洋砲術」、「Ⅳ 谷村興譲館 現代に受け継がれる向学の精神」の四部構成による展示となっている。

 

 
 









【ミュージアム都留の全景】
f0191673_18185793.jpg 「Ⅰ 谷村代官所の成立と変遷」の展示では、かつての谷村陣屋の跡地に建つ甲府地方裁判所都留支部の新庁舎建設に伴う、山梨県埋蔵文化財センターによる発掘調査について紹介されている。
 
 



















【「ミュージアム都留」門前の案内表示】
f0191673_18192273.jpg
























【谷村陣屋跡】
f0191673_18193555.jpg 甲府地方裁判所都留支部の敷地正面横に建つ「谷村陣屋跡」碑である。
 前述のとおり、現在新庁舎の建設中であるため、敷地の周囲は工事塀に囲まれている。

 谷村陣屋跡に裁判所が置かれたのは、明治5年10月19日に谷村区裁判所が置かれたのが最初であり、開設当時は旧幕府時代に建築された陣屋の建物により執務が行われたという。
 その後、明治14年6月に木造瓦葺平屋建の新庁舎が竣工。同24年2月には木造瓦葺二階建本館及び附属建物による庁舎の改築がなされ、当該庁舎は昭和34年3月に新庁舎(現在の新庁舎建設工事により取り壊された庁舎)が竣工するまで庁舎として使用されている。

 なお、旧庁舎(昭和34年3月竣工した庁舎の以前の庁舎)は東京都立田園調布高校の山中寮として、山中湖村旭ヶ丘に移築されているという。
 





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by kaz794889 | 2015-12-15 06:20 | Comments(0)
2015年 11月 20日

オープン県庁敷地整備

【山梨県庁敷地整備に伴う愛称募集チラシ】
f0191673_16453200.jpg 山梨県庁構内の敷地については、県民に身近で利用しやすい開かれた敷地とするため、敷地境界にある門扉・フェンスをできる限り取り除き、県民や観光客などの通行を容易し、年間を通じて一般開放することによりオープン化を図るとともに、来庁者が安心して憩える場となるよう整備を進めてきており、平成28年4月から歴史と文化の香りが漂う憩いのスペースとして新しく生まれ変わるという。

 このため、平成27年11月25日(水)を締切日として、現在、山梨県庁敷地全体の愛称募集が行われている。




















【整備中の県庁構内】
f0191673_16451258.jpg 敷地整備の一環として、昭和39年4月に造営された、写真の山梨県庁旧庁舎前に昭和39年4月に野呂川流域総合開発事業の記念として造営された「白鳳の庭」と呼ばれた前庭が移設され、多目的に利用できるオープン広場として整備されることとなり、半世紀ぶりにかつての山梨県庁舎前の広場が復活する。

 左の建物は平成25年に竣工した山梨県防災新館、その奥には昭和38年に竣工した山梨県庁本館が建てられている。















【竣工当時の山梨県庁旧庁舎と旧山梨県立図書館】
f0191673_16454077.jpg 正面の山梨県庁旧庁舎は昭和5年3月に竣工し、平成21年12月24日には山梨県指定文化財に指定されるとともに、竣工当時の姿に改修され、平成27年4月2日には同庁舎内に「山梨県近代人物館」が開設されている。

 左の建物は根津嘉一郎の浄財により建設され、昭和5年9月に山梨県教育会附属図書館として竣工し、昭和6年4月1日に同会から山梨県に寄付され、その後は山梨県立図書館となっている。
 昭和45年に山梨県立図書館が新築移転してからは山梨県庁南別館として使用されていたが、防災新館の建設が計画された際、保存の声が高まり関係組織などからの保存要請がなされていたにも関わらず、醸成された県庁構内の近代建築の景観である旧山梨県立図書館は、平成23年に惜しくも取り壊されている。
 



「旧山梨県立図書館と県庁第一南別館」
http://kaz794889.exblog.jp/10658113/


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by kaz794889 | 2015-11-20 06:32 | Comments(0)
2015年 11月 18日

山梨県民会館の取り壊し

【取り壊し工事中の山梨県民会館】
f0191673_23512072.jpg 昭和35年に内藤多仲の設計により完成した山梨県民会館は、その役割を終え、今年8月から取り壊し工事が始まっている。
 建物全体を囲っている工事用の外壁の高さから推察すると、8階、7階などの最上階部分の取り壊しは終了しているようである。
 工事用の外壁のため、その外壁に囲まれた段階で、その特徴的な県民会館の姿は見ることができない状態である。















【山梨県民会館】
f0191673_23513568.jpg これまで当たり前であった景観が、ここ何年かの間に甲府市街から相次いで失われている。
 半世紀以上の間、この一角のランドマーク的な存在として、また山梨県民の中にある「県民会館」という名前と語感が、取り壊し完了とともに失われることは、まさに惜別の感深しといったところ、それは、これまで過ごした時代や時間の中に普通に存在し、想いでの中の様々なシチュエーションとしての記憶が存在することによるのだろう。

















【山梨県民会館建設当時の案内パンフレット】
f0191673_23514759.jpg 県民会館建設当時の案内パンフレットである。
 その内容から、山梨県民会館に寄せた当時の山梨県の期待の大きさが感じられるものである。


























【山梨県民会館建設当時の案内パンフレット】
f0191673_23515662.jpg





























【山梨県民会館建設当時の案内パンフレット】
f0191673_23520065.jpg



















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by kaz794889 | 2015-11-18 00:34 | Comments(0)