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2018年 08月 26日

釜右社

【釜右社】
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 釜右社(ふゆうしゃ)は明治13年11月11日に設立許可を得て、資本金5万円を以て明治14年1月5日から、巨摩郡藤田村藤田5番戸(後の中巨摩郡、現在の南アルプス市)に設立された銀行類似会社である。
 また、釜右社は、その資本金規模では北巨摩、中巨摩、南巨摩三郡の中では最大の銀行類似会社である。
 
 銀行類似会社は明治初期、金融機関の設立機運がの高まる中、銀行や金融会社の設立を出願する者が続出したというが、当時はこれらを監督規制する条例法規がなかったため、政府は公益を害さない限り人民相互の結約に任せて設立が認められた金融機関であり、為替、両替、貸付、預金の業務を営んでいた。
 なお、銀行類似会社は国立銀行条例の適用範囲外であったため、「銀行」の名称を用いることができず、一般には「銀行類似会社」と呼ばれていたという。

 


【釜右社申合規則】
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 明治26年12月、銀行条例施行に伴い、釜右社は資本金10万円の釜右株式会社に改組されている。
 明治37年に小林八右衛門が釜右株式会社の社長に就任した翌年、八右衛門は営業所を自宅(南巨摩郡増穂村舂米385番戸)へ移転し、同年3月15日に株式会社小林銀行と改称している。
 その後、小林銀行は昭和4年7月1日に富士井銀行、若松銀行の営業譲渡により小林富士井銀行に改称。昭和10年7月1日には小林富士井銀行と市川銀行、鳳嶺銀行、峡西銀行、秋山銀行の合同により山梨殖産銀行が設立。
 その後、昭和14年1月15日には有信銀行に買収され、同行は昭和16年に第十銀行と合併し山梨中央銀行となっている。












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by kaz794889 | 2018-08-26 16:17 | 銀行 | Comments(0)


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