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2016年 09月 06日
【鰍門早発詩碑】 鰍門遥向駿河通 急峡長難見鬼工目送千山皆北送 扁舟早巳到南中 「 鰍門(しゅうもん)遥かに駿河に向って通ず、 急峡長難(きゅうきょうちょうなん)鬼工 (きこう)を見る。目送す千山皆北に送るを、 扁舟(へんしゅう)早く巳(すで)に南中に 到る。」 右録 柳荘山縣大弐先生 鰍門早発之詩 梧邨 広瀬和育 江戸在住の山縣大弐は宝暦3年の夏、墓参のため帰郷、その後富士川を下り熱海温泉に浴し、初秋に江戸に帰ったとされている。鰍門早発の歌は、その時の富士川下りを基に作られたと考えられる。 当初の詩碑は江戸期に鰍沢の富士川河岸に建立されているが、明和事件の際に、その忌諱に触れられることを憂慮し、詩碑は委棄されたが、その後の水害なと゜により埋没しその所在を失うこととなった。 このため、大正12年7月に当時の山縣神社創建会会長であった広瀬和育ら有志者によって鰍門早発詩碑が当時の鰍沢尋常小学校敷地内に建立されることとなり、現在も鰍門早発詩碑は富士川町立鰍沢小学校の敷地内に残されている。
by kaz794889
| 2016-09-06 21:31
| 山縣大弐
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