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2014年 05月 17日
【昭和30年代の南甲府駅付近の市街図】 ![]() 甲府市南口町はJR身延線南甲府駅の北側に位置する町であり、昭和41年に施行された住居表示整備に伴う町名であり、東一条通、東二条通、東三条通、東四条通、東五条通、東六条通、北大路の各町と伊勢町、住吉本町の一部を対象として改称している。 昭和3年に身延線の前身である富士身延鉄道が甲府駅まで全通し南甲府駅(開業時は「甲府南口駅」)が開業した後の昭和8年6月、甲府市は用地別地帯計画として甲府市内に住宅地帯、工業地帯、商業地帯を内定しており、その際に甲府市南部の甲府南口駅を中心とする一帯より伊勢町、里垣方面に及ぶ地帯が工業地帯として内定している。 工業地帯を定めるにあたっての必要条件としては、生産能率の増進を第一に、その位置は地勢、気象、交通運輸の状況、土地開発の動向などを勘案したという。昭和9年2月には、具体的な町名として現在は南口町となっている東五条、東六条各町の全域及び東三条、東四条各町の一部も工業地帯の対象指定町の一つとなっている。 最終的には住宅、商業、工業の三地帯の指定は未決定となったが、工業地帯指定の必要条件を同地域は満たしていることもあり、現在の南口町地域は工場や倉庫が多く立地する地帯となっていったのである。 ※ 上記市街図の①から④は次の写真の標題の①から④にリンクしており、地図上の数字の傍らに表示さ れた傍線の方向を撮影したことを表している。 【南口町界隈 ①】 ![]() 市街図のとおり、南甲府駅を中心とした東四条、東五条といった地域にはかつて多くの倉庫が建てられていたが、国鉄の分割民営後以降から倉庫は取り壊され、その跡地には新たな建物が建てられたり空き地とっている。 駅前の日本通運(正式には甲府通運株式会社南甲府営業所)、秩父セメント倉庫から鈴与貯炭場の間も倉庫が林立していたが、現在は二社の異なる葬祭センターとなっている。 写真の位置はかつて甲府倉庫の倉庫が建てられており、写真左側の身延線の線路沿いにも線路側に入口を設けた倉庫が建てられていた。 【南口町界隈 ②】 ![]() この界隈の倉庫は現在、全て取り壊されており倉庫が林立していた面影は殆ど失われているが、旧東五条通りから旧東四条通りに通じる旧東五条通りの少し奥まった位置に、旧鈴与倉庫(現在は他社の倉庫)であった倉庫が一棟のみ、この通り界隈における唯一の名残りとして今も倉庫として残されている。 【南口町界隈 ③】 ![]() 道筋はかってと変わりなく残っており、僅かな町の面影は感じることができるが、当時の建物は全てなくなっている。 【南口町界隈 ④】 ![]() 旧北大路の通りに面した北側の南口運輸倉庫は、当時から営業している会社であるが、写真右側に写る市道が拡幅されたため、以前よりは敷地が縮小されたものの、この敷地内にも倉庫の一部(写真の奥)が現在も残されている。
by kaz794889
| 2014-05-17 19:52
| 甲府細見
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