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2012年 12月 24日

山縣大弐を歩く 6 【山縣大弐生誕之地】

【「柳荘山縣大弐先生誕生之地」石碑】
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  中巨摩郡龍王村大字篠原字八幡前50番地(現在:甲斐市篠原46番地)に建立された、山縣大弐生誕の地を示すこの石碑は、山縣大弐が藩政の改革を指導した上州小幡藩主の後裔である織田信恒子爵の揮毫により、昭和8年9月に完成し同月12日に除幕式が挙行されている。
  山縣大弐生誕の地附近は往事、六本柳と云われた地域であり、石碑の建てられている場所は建立当時、祖母川と田に挟まれた若尾地所部の所有地であった。


【同石碑の背面】
山縣大弐を歩く 6 【山縣大弐生誕之地】_f0191673_21403398.jpg
  石碑の背面には、昭和8年9月22日、龍王尋常高等小学校職員児童、龍王農業補習学校職員生徒の文字が刻まれている。
  これは、石碑建立が、同小学校児童22円44銭、同補習学校生徒3円85銭、各学校職員32円69銭、合計58円98銭の寄付金総額を基に建設されたものであり、建碑工事費総額に46円を要している。


【建立当時の「柳荘山縣大弐先生誕生之地」石碑】
山縣大弐を歩く 6 【山縣大弐生誕之地】_f0191673_21374158.jpg
  石碑が建立された昭和8年当時の石碑の写真である。
  周りが住宅に囲まれている現在と比べ、石碑の後方一帯は一面の田畑となっている。
  除幕式には、山縣神社宮司、龍王村長、龍王小学校長、村松志孝、龍王尋常高等小学校児童などの約50名が参加し挙行されている。





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by kaz794889 | 2012-12-24 23:26 | 山縣大弐 | Comments(0)


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