2012年 02月 26日
【歩兵第四十九連隊糧抹庫】 昭和20年の甲府空襲により甲府市街はその70%が焼失した中、甲府連隊の兵営は戦災を免れ、兵営の建物は学校、病院、住宅などに活用され、戦後、徐々に役割を終えた建物は取り壊されていった。 糧抹庫は間口5間、奥行20間、面積100坪、明治期の洋風建築で山梨県内に現存する最大規模の煉瓦建造物であり、県甲府連隊の建造物として唯一残されている建物である。 【歩兵中隊散開戦闘(歩兵第四十九連隊)】 明治末頃の甲府連隊である。写真の右側に写るレンガ造りの建物は、糧抹庫の南側に連続して建てられていた、炊事場と浴場の建物である。(炊事場の左側奥に糧抹庫が建てられていた。) 【歩兵第四十九連隊糧抹庫 正面】 糧抹庫は明治42年4月に建造され、終戦後の昭和24年12月に糧抹庫附近の敷地が山梨大学学芸学部付属小学校・中学校の用地となり、残されていた甲府連隊時代の建物が活用され、時代とともに役割を終えた当時の建物が取り壊されていく中、附属中学校の施設として使用されてきたものである。 【歩兵第四十九連隊糧抹庫 西側側面】 平成10年の大雪のため糧抹庫の一部が破損したことを契機に建物保存の機運が高まり、平成14年に耐震・改修工事の後、現在は山梨大学教育人間科学部「赤レンガ館」となっている。 【赤レンガ館 「歴史資料室のご案内」】 「赤レンガ館」は現在、山梨大学教育人間科学部のコミュニティホール、歴史展示室として使用されている。 【館内平面図】 館内はコミュニティホールと歴史展示室の2つのゾーンに区分され、歴史展示室には、山梨大学人間教育学部に関わる、18世紀末の甲府学問所、徽典館時代から現在に至るまでの施設・設備の図や写真、それぞれの時代に使用された文物が展示されている。 ブログをご覧いただきありがとうございます。峡陽文庫のブログ運営の励みとなります、ご覧の都度1日一回、左の『「山梨情報』をクリックいただけますようお願いいたします
by kaz794889
| 2012-02-26 09:08
| 甲府連隊
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