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2011年 05月 15日

重新徽典館碑

【山梨大学教育人間科学部構内の碑】
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 篆額に「重新徽典館碑」と刻まれたこの石碑は、甲府勤番士とその子弟を教育する目的で寛政8年
頃に創設された教育機関である徽典館の重要性から、その育成、発展を図るため幕府の命により、江戸の昌平坂学問所の分校とする組織改編が天保14年1月に実施されるとともに、徽典館の学舎をこれまでの甲府城追手門南から、敷地面積一千有余坪、建坪177坪の学舎を造営し追手門前に新築移転したことを記念し天保14年12月に建立されたものである。
 徽典館は追手門前、維新後には山梨師範学校となり甲府錦町と移転していくが、校舎狭隘のために明治43年3月に西山梨郡相川村(現在の場所)に移転した際に学舎とともに移されたものである。 

【重新徽典館碑】
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 重新徽典館碑は高さ1.7m、幅1mの石碑である。
 石碑表面のひびは、昭和20年7月の甲府空襲で山梨県師範学校が全焼した際の炎によるものである。



【大正13年頃の碑】
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 大正13年6月発行の山梨県師範学校編纂による「創立五十周年記念」誌に所載された、戦前期の重新徽典館碑である。



【重新徽典館碑の銘文】
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by kaz794889 | 2011-05-15 09:34 | 石碑 | Comments(1)
Commented by すわしん at 2018-05-09 09:39 x
はじめまして。徽典館について調べている時にこちらのブログに行き当たりました。ひとつ質問をしたいのですが、「重新徽典館碑の銘文」と掲載されています画像はどの資料から引用したものでございますか?
どうぞよろしくお願いいたします。


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