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2009年 12月 26日
いわゆる甲州財閥における巨頭の一人として、根津嘉一郎の名は広く知られているところであり、その経歴については既に文献等に詳細されているため、ここでは省略するが、その広い社会貢献に関する事績が後世の我々に深い印象を与えているところである。 【根津ピアノ配給第一日目】 ![]() 「事業を経営する究極の目的は決してかねを儲けるということではない。国家や社会に本当に裨益しようとする真の目的がなくては栄えるものではない。」これは根津嘉一郎の『世渡り体験談』に記されている一節である。 「社会から得た利益は社会に還元する」という信念のもと、郷里である当時の東山梨郡平等村(現在の山梨市)の学校建築や、現在も根津橋といわれ活用されている笛吹川橋梁の建設などを代表例とした貢献は、郷土山梨に今も語り継がれている。 そうした社会貢献のひとつが、山梨県下の各小学校へのピアノの寄付であり、それは根津ピアノと呼ばれ根津の名を広く郷土に知らしめている。 昭和5年に郷里の平等尋常高等小学校(現在の山梨小学校)にピアノを寄贈した後、昭和6年に東山梨郡内の各小学校にピアノを寄贈したことが根津ピアノの始まりであり、昭和8年には山梨県内における約200の小学校にピアノを寄贈している。 この写真は、県内約200の小学校へのピアノ寄贈にあたり、甲府市近在の小学校に根津ピアノを配給するための第一回目の着荷として、昭和8年8月28日に甲府駅に到着したピアノ28台、オルガン1台を貨車からトラック等へ積み替えた終えた際に撮影された写真である。 現在甲府駅頭に設置されている武田信玄公の銅像附近から、中央線の線路に沿って設けられている駅前の有料駐車場一帯が当時の甲府駅の貨物ホームであり、撮影されたこの場所はも銅像附近の様子である。 当日は、ピアノの取扱店である甲府市富士川町12(現在の甲府市中央2-2-13附近)の内藤楽器店が運搬にあたっての万が一を憂慮して家族や職員が出揃って貨車からトラック等への積み込みを指揮するとともに、ピアノの製造元である日本楽器からも職員10名が派遣され、最大の注意をはらっての運送が必要であることなどから、積み込まれたピアノが各小学校に納入されるまで付き添っている。 この第一日目以降、翌日の8月29日は韮崎駅に20台、9月1日は石和駅に15台、翌2日は身延駅に18台の根津ピアノが到着している。 【根津記念館の根津ピアノ】 ![]() 現在、根津記念館の展示棟である「八蔵(はちくら)」に保存展示されている、昭和5年に当時の平等尋常高等小学校に寄贈された根津ピアノである。 その側面には「貴族院議員 東京市 根津嘉一郎」の金文字が記されている。 【根津記念館の根津ピアノ】 ![]() ピアノの側面の壁、右側に掲げられているのは根津嘉一郎の写真である。
by kaz794889
| 2009-12-26 21:11
| 根津嘉一郎
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