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2009年 07月 19日

甲府・桜座

【桜座全景】
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 明治9年8月、魚町の三井与平が甲府桜町2丁目に亀屋座に対抗して三井座を開設し、その後、座主が替わり明治17年に桜座と改称されたことが桜座の始まりである。
 その後明治23年8月に規模を新たにして桜座は甲府市桜町15番地に新築移転した。
 この写真は明治23年8月に新築移転した桜座の大正4年頃の状景である。

【現在の桜座跡地】
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 桜座の跡地である桜町15番地。現在は中央1-18-6(甲府中央信用組合の位置)となった桜座の跡地である。

【桜座の内部】
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 新築移転した桜座のこけら落としは、8月29日が初日の市川小団次、沢村源之助、大谷与十らによる「慶安太平記」「市原野」「切られお富」などであった。

【桜座歌舞伎の案内チラシ】
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━甲府桜町通━
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 山梨県で初めての活動写真の公開は、桜座における明治30年11月5日の上映であった。毎夜19:00からの上映で当初の予定である上映期間の一週間を3日間延長するなど、毎夜超満員の盛況であった。
 大正期になると、これまでの歌舞伎から近代劇である新派系統の演劇が上演されるようになった。
 その後大正12年に座主が替わると大正13年1月からは映画と実演の劇場となったものの、大正15年頃までに甲府市内には多くの活動写真館が出現し、映画隆盛のきざしが県内各地に見えてきたため、劇場経営のが困難となってきた。
 写真は明治40年代の桜町通りである。写真の左側に幟が立っているのが桜座である。

━甲府名所 桜町通り━
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 昭和2年の経済恐慌による不況により、商業も不振が続き、こうした状況を打開するための経営費節減策として、廉売百貨市場を企画運営する業者が現れ、甲府市内にも廉売百貨市場が出現し、昭和5年11月に桜座は山梨県内最大規模の桜座百貨市場となった。その後はデパートの出現などにより桜座を含む甲府市内6ヵ所の百貨市場も経営が行き詰まりその姿を消していった。
 桜座はその後軍需工場となったが、昭和20年7月の空襲で焼失している。
 写真は昭和10年頃の桜町通りである。左側に写る建物が甲府桜座百貨市場である。

【現在の桜町通り】
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 現在の桜町通りの状況である。左側のゴミ収集車が停止している附近が桜座のあった場所である。

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by kaz794889 | 2009-07-19 15:14 | 劇場・映画館 | Comments(2)
Commented at 2009-08-02 08:59
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2009-09-04 13:40
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。


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