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2017年 03月 04日

没後100年 野口小蘋 展

【『没後100年 野口小蘋』展のパンフレット】
f0191673_15490762.jpg 本年は大正6年2月17日に71歳で亡くなった、野口小蘋(のぐち しょうひん)の没後100年にあたる年である。
 甲府柳町の造り酒屋である十一屋、野口正章との結婚を機に、甲府で一時期を過ごしたことなどから、山梨ゆかりの南画家として知られている。
 山梨県立美術館は昭和53年11月3日の開館以来、『明治の才媛 南画 野口小蘋展』(昭和57年6月5日~7月11日)、『野口小蘋と近代南画展』(平成17年4月23日~6月5日)、『十一屋コレクションの名品展』(平成24年12月15日~2月11日)などの小蘋に関する展示会を催している。

 没後100年にあたる本年、山梨県立美術館において『没後100年 野口小蘋展』(開催期間:平成29年1月21日~2月26日)が開催されていた。
 
 

 



















【山梨県立美術館入口に掲出された看板】
f0191673_16034681.jpg 野口小蘋は野口正章との結婚前、明治8年から翌9年にかけて甲府に滞在(甲府横近習町の豪商である大木喬命宅の北側住宅)。
 明治10年に野口正章との結婚した後、明治12年に野口家の本家である滋賀県蒲生郡桜川から、野口家の商舗である甲府柳町の十一屋に移り、明治15年夏に東京に移るまでの間、甲府に滞在している。
 
 『野口小蘋と十一屋』
 http://kaz794889.exblog.jp/18580226/

 














【「玉山」時代の短冊[部分]】
f0191673_15582301.jpg 小蘋の雅号を用いる以前、10代の頃は「玉山女史」を雅号として用いていた。
 


























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# by kaz794889 | 2017-03-04 17:35 | Comments(0)
2017年 02月 25日

村松新道と村松醤油店


【東方向からの村松新道入口】

f0191673_12245821.jpg 
 城東バイパスの延長に伴う道路の取り付け工事により、既に消滅している、村松新道の遊亀通り側からの入口である。
 ※ 村松新道に関する由来の詳細は、『村松新道と村松甚蔵』を参照
  http://kaz794889.exblog.jp/22881272/ 
  
















【村松新道東側入路附近】
f0191673_12244476.jpg 
 村松正三が経営した醤油、味噌醸造業、上野屋 村松醤油店のあった甲府市柳町78番地の現状である。  
 写真の右側が遊亀通りに面した村松新道東側入路であり、昭和3年3月に村松新道が開通している。 
 写真左側の山梨中央銀行柳町支店は、昭和22年10月6日にこの場所に移転新築され、昭和39年8月に写真の建物が建設されている。なお、道路取付工事のため、同支店は別の場所に新築移転している。
 













【村松新道の地籍図】
f0191673_12430387.jpg 赤色で囲んだ部分が村松醤油店の敷地であり、敷地を貫く南北の道路が村松新道である。






























【上野屋が醸造していた醤油ラベル】
f0191673_12253565.jpg 村松醤油店が醸造していた醤油の一つである、「キッコームラ」のラベルである。
 



















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# by kaz794889 | 2017-02-25 13:42 | Comments(0)
2017年 02月 11日

甲府城 数寄屋曲輪

【舞鶴公園(甲府名所)】
f0191673_22455059.jpg 甲府城跡の自由広場(鍛冶曲輪)から見た、大正後期から昭和初期における数寄屋曲輪の景観である。
 写真の左に建つ洋館は、当時公会堂として使用されていた機山館であるが、曲輪への石段左側に四阿やその脇の門も含め、現在は残されていない。














【現在の同位置】
f0191673_22464663.jpg 平成2年からの舞鶴城公園整備事業により整備された、上記写真の現在の景観である。























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# by kaz794889 | 2017-02-11 23:13 | 甲府城 | Comments(0)
2017年 01月 02日

徳栄山 妙法寺 総門

【小室山 妙法寺 総門】
f0191673_11462036.jpg 南巨摩郡富士川町小室の日蓮宗寺院である徳栄山妙法寺は、役行者により仁王山護国院金胎寺として開山された真言宗寺院であったが、文永11年(1274年)に住持の恵頂が日蓮との法論に破れて日蓮宗に改宗し、その際に寺号を日蓮が銘した徳栄山妙法寺としている。
 恵頂は鞍馬山で修験道を修め、東国33国の山伏の頭領となった人物といわれ、改宗とともに日伝と改めている。

 妙法寺は国道52号線から畔沢川に沿って3㎞ほど入った地にあり、この寺に向かう最初の建造物がこの総門である。
 妙法寺は安政元年、明治41年、昭和47年の火災により諸堂が焼失しているが、総門は山門との間に参道があるため前述の焼失は免れているのではと思われる。





【現在の妙法寺総門】
f0191673_11390396.jpg 現在の総門である。
 総門を潜り山門に向かう道は参道となっており、往時は旅籠、茶店、などが並ぶ門前町となっていた。
 現在も、参道の両側にはかつての旅館らしき建物や古い民家が残されており、門前町の面影を僅かに残している。

















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# by kaz794889 | 2017-01-02 12:49 | 小室山 妙法寺を歩く | Comments(0)
2016年 11月 03日

山梨県庁旧館三階からの景観

【旧県庁舎三階北側の景観】
f0191673_14410616.jpg 「昭和5年12月20日 午後二時 快晴 県庁舎三階ヨリ議事堂附近ヲ望ム」と記録された、県庁旧館三階から北側、甲府駅方面を写した写真である。

 撮影位置と撮影方向のイメージは、後記の山梨県庁舎配置図のとおりである。

 山梨県庁旧館は、昭和2年10月1日に起工、同5年3月31日に山梨県庁舎として竣工しており、現在は山梨県議会議事堂とともに山梨県指定の文化財として保存、活用されている。

 二階部分が渡り廊下でつながっている後方の建物が、山梨県議会議事堂である。旧館の竣工後、間もない時期であるためか、写真にも写るとおり、構内の附属建物はまだ建設段階であり、雑然とした様子となっている。


 また、議事堂の後方に写る洋館は、甲府駅前東側に甲府駅開業と同時期に建設された甲府運輸事務所の庁舎であり、その右側及び後方は甲府駅の構内である。





【山梨県庁舎配置図】
f0191673_14405758.jpg 旧館竣工当時の県庁構内の庁舎配置図である。
 配置図の「庁舎本館」の左側の青色矢印の位置と方向が上記の写真の撮影方向等である。

 庁舎本館の後方に「倉庫」の記載があることから、上記の写真の右側に写る瓦葺の建造物は、倉庫に該当する建造物と考えられる。  
 また、写真に写る構内の状況から、県会議事堂の左側に記載されている「衛生検査所」等の附属庁舎はまだ建設途中であることが窺えられる。

















【山梨県庁旧館の背面】
f0191673_14412211.jpg 県庁旧館背面の現状である。赤丸表示したいずれかの窓から、上記の写真が撮影されたものと推察される。






















【山梨県庁旧館】
f0191673_14320668.jpg 県庁旧館正面の現状である。
























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# by kaz794889 | 2016-11-03 15:23 | Comments(0)