峡陽文庫

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2008年 10月 02日

菩提寺を訪ねて 1

『玉龍山 禅定寺(熊本市横手1-9-6)に藤村紫朗の墓所を訪ねて』

 今から15年ほど前、出張で初めて熊本を訪れた時、その帰り際に以前から一度はと思っていた、藤村紫朗の墓所を訪ねました。
 熊本市に菩提寺があることは知っていましたが、何という寺院であったかを失念していたため、寺院の名前と場所を確認したく、熊本市役所別館の市史編纂室を訪ねました。

 「明治の前半に山梨県知事を歴任し、後に男爵、貴族院議員となった熊本出身の藤村紫朗の菩提寺を教えてください。」こう尋ねましたが、藤村紫朗という氏名が地元ではあまり知られていないのか、まず人となりが解らないようでしたが、亡くなった明治42年頃をキーワードに調べていただき、死亡記事が掲載された、当時の九州日日新聞のコピーから、寺院の名前と場所を確認していただきました。

 場所を記したメモをいただき、熊本市電に乗って最寄りの電停で下車したことを覚えています。
 禅定寺に到着し、殆んど手の入れられていない大きな古い墓所を見て、100年以上が経過した現在でも山梨では、藤村式建築という言葉や、氏を記念する藤村記念館があり、近代郷土史には必ず登場する人物でありながら、「ああ、今はもうこうなのか」といった寂寥感がこみ上げたように記憶しています。

 現在も墓所を管理する縁者の方などがおられるのか、そうしたことを聞きたく庫裏を訪ねましたが、残念ながら住職氏がその日は御不在ということで、お聞きすることができませんでした。
 禅定寺附近の記憶は薄れていますが、九州新幹線の建設工事のため、禅定寺附近も変わってきているようです。機会があれば、是非また訪問したいと考えています。


【墓石正面】
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【墓石右側】
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【外柵入口】
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【外柵入口の後方側】
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【墓石後方の外柵】
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# by kaz794889 | 2008-10-02 17:37 | 菩提寺 | Comments(0)
2008年 10月 01日

チラシなどで見る観光・山梨 1

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『甲州ぶどうの本場 かつぬま』
 
今日から10月、秋本番を迎え、葡萄の本格的な季節です。
 これは昭和30年代前半頃のチラシと考えられます。
 
勝沼葡萄郷について、チラシの中には次のとおり記されています。
 「 中央線勝沼駅で下車すると、甲州盆地を一望におさめる丘陵
  地帯となり、この地帯が甲州  ぶどうの本場勝沼葡萄郷です。
行くところ眺めるところ葡萄ならざるはなく、延々長蛇の如く流れ
る伝説と景勝に富む日川渓流を挟むこの葡萄耕地は約五百町
歩、収穫量約二百万貫、全国に冠たる名産地です。最盛期は
九月下旬より十月末で、九月中旬より二十余の葡萄園を無料開
放し芳醇な味と勧賞をかねて御遊覧にそなえております。」
  
   この頃から、約50年、現在の勝沼の観光パンフには、ぶどう狩り
について、「デラウェア・巨峰・甲斐路など豊かに実ったぶどう。もぎ
たてからはじけるように新鮮で香りも最高。町内には約130園の
ぶどう狩り園がある。」と記しています。

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# by kaz794889 | 2008-10-01 23:19 | 観光案内 | Comments(1)
2008年 09月 29日

絵葉書で見る山梨 3

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【(甲府名所)銀座通り】
 




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# by kaz794889 | 2008-09-29 23:28 | 絵葉書で見る山梨 | Comments(0)
2008年 09月 28日

絵葉書で見る山梨 2

【(甲府名所)錦町郵便局附近】 
f0191673_22241731.jpg 錦町通りの錦町交差点を南側から北側に向けての風景です。
 通りの正面は、昭和5年3月落成の山梨県庁舎です。
 左側奥の建物が昭和6年に落成した甲府郵便局庁舎です。昭和20年7月6日の甲府空襲による焼失を逃れ、昭和49年に甲府市太田町に新築移転するまで郵便局として使用されていました。移転後は、甲府市役所の南庁舎として現在も使われています。
 絵葉書では、交差点に向けて庁舎への正面入口がありますが、新築移転前に、当該庁舎の隣接地に建物を増築した際に、正面入口を閉鎖するなどの改良が図られています。
 通りを走る路面電車は、峡西電気鉄道です。錦町交差点の近くには「警察署前」の電停がありました。(ちなみに、左側手前の建物が甲府警察署です。)峡西電気鉄道は運輸事業の統合による関係バス会社との合併により、昭和20年5月に山梨交通となり、路面電車は山梨交通電車線として、地元では「ボロ電」の名で親しまれていましたが、昭和37年6月30日に廃止されました。


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# by kaz794889 | 2008-09-28 22:53 | 絵葉書で見る山梨 | Comments(4)
2008年 09月 28日

牛乳

 横浜でオランダ人スネルに雇われて乳牛の飼育と搾乳を行っていた前田留吉が、慶応2年に独立して6頭の乳牛を買い、牛乳の販売を始めたことが牛乳店の始まりのようです。
 初期の牛乳は、ブリキ缶の輸送缶で5勺ずつ量り売りを行っていたようですが、明治10年頃から小ぶりのブリキ缶に入れて配達されていました。明治21年頃にガラスの牛乳瓶が使用され始め、明治38年頃には殆んどガラス瓶に代わっていったようです。

 山梨県における牛乳販売の嚆矢については確認していませんが、明治の頃から県内各地に牛乳を搾乳して販売する事業者がいました。主な事業者を見てみると…
 ○ 精乳舎(甲府市愛宕町162番地)   
   明治18年8月に甲府桜町で牛乳の搾乳を始めましたが、牛舎狭隘の
  ため、明治19年4月に甲府花園町の農産社の土地を購入し移転しまし
  た。その後、中央本線の甲府停車場開設に伴い、花園町から明治34年
  4月に愛宕町に移転したようです。
 ○ 回春舎(西山梨郡住吉村下小河原)   
   明治39年10月から始めたようです。
 ○ 永生舎(西八代郡市川大門町)   
   明治28年から始めたようです。
 ○ 洋乳館(甲府市伊勢町2483番地)
    大正7年4月から始め、昭和2年1月には甲府市春日町にミルクプラン
   トを建設したようです。
 ○ 牧牛舎(甲府市東青沼50番地)  
 ○ 保壽舎(甲府市伊勢町2495番地)
   
    明治19年に荒川の千秋橋南方で牛乳の搾乳を始め、明治33年に伊
  勢町に移転したようです。

【牛乳の販売領収書です。】

-明治23年・保壽舎-
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-大正8年・保壽舎-
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# by kaz794889 | 2008-09-28 16:03 | 史料 | Comments(2)