<   2014年 03月 ( 4 )   > この月の画像一覧


2014年 03月 31日

甲府温泉

【甲府温泉の観光チラシ】
f0191673_22362414.jpg
  「県庁所在地の中心部に温泉が湧く都市は、全国でも数すくないが、本市は市内いたるところに温泉が湧き、いわば市内全体が温泉場になっており、本市の観光事業はこの温泉を主体とした構想のもとに、幾多の変遷を経ながら今日まで発展し、かつ今後もこれによってますます伸びようとしている。」
  昭和30年代に甲府温泉について記されたものであり、その状況は観光資源の一つとして甲府温泉にかける当時の様子をうかがい知ることができる。
  写真のチラシは昭和30年代中ごろに、甲府温泉旅館組合が発行した「甲府温泉」の観光チラシである。




【観光チラシの内容】
f0191673_2236573.jpg




【甲府温泉郷 案内図】
f0191673_22372477.jpg

  昭和29年頃の甲府温泉郷の案内図である。
  現在、甲府温泉を名乗るのは「古名屋」と「談露館」の両ホテルのみとなったが、かつての甲府市街地には源泉から分湯した、甲府温泉を名乗る多くの旅館が存在していた。




にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ ブログをご覧いただきありがとうございます。峡陽文庫のブログ運営の励みとなります、ご覧の都度1日一回、左の『「山梨情報』をクリックいただけますようお願いいたします。

by kaz794889 | 2014-03-31 23:07 | 温泉 | Comments(0)
2014年 03月 30日

新笹子隧道開通と笹子トンネル新設

【昭和34年4月30日発行 地形図】
f0191673_17283258.jpg

 昭和33年12月7日に開通し、今年開通から56年を迎える現在の新笹子隧道の西側に並行する形でトンネルが新設されるとの新聞報道(平成26年3月29日 山梨日日新聞1面掲載)があった。



【『躍進する山梨 新笹子隧道開通記念』】
f0191673_17291478.jpg
 新笹子隧道開通時に新笹子隧道開通記念県民祝賀実行委員会が刊行した『躍進する山梨 新笹子隧道開通記念』には「現下の経済情勢で近代産業の発展をはかるうえに最大要件は「自動車輸送の便」であり、その最短距離国道20号線を妨げるものは笹子峠でした。そこで昭和28年より県政最大施策として此処に隧道開削の計画がたてられ現地調査が開始されたのです。それより5か年、今やこの大事業は完成し、「新笹子隧道」によって本県産業は革命的な発展が約束づけられたのです。」と記されている。



【施行のあらまし】
f0191673_17294590.jpg
  開通当時、新笹子隧道に寄せる期待の大きさは相当なものであったことがうかがえる。
  前述の新聞報道によれば、現在も上下線合わせて平日の1日平均通行台数は9,432台という。  




【施行のあらまし】
f0191673_17304246.jpg




にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ ブログをご覧いただきありがとうございます。峡陽文庫のブログ運営の励みとなります、ご覧の都度1日一回、左の『「山梨情報』をクリックいただけますようお願いいたします。

by kaz794889 | 2014-03-30 18:19 | Comments(0)
2014年 03月 02日

【富士登山勝地漫画】 4 「馬返し」

【「富士登山勝地漫画」の内 馬返し】
f0191673_1203235.jpg
 「馬返し」はその名のとおり、冨士浅間神社から馬に乗って、この地点で馬を返し、ここから徒歩による登山となったことによる。
 「馬返し」の図に自動車が描かれているとおり、富士山自動車株式会社が昭和4年に冨士浅間神社の裏から馬返しの間に自動車専用道路を開墾し、タクシーによる輸送を開始したが、昭和12年からは50人乗りのバスが運行され、その当時、既に馬を利用するのは馬返しから五合目までになっており、実行上における馬返しの意味は、五合目と云っても差し支えない状況であったという。




【(北口途上) 馬返シ】
f0191673_121914.jpg
  昭和初期に発行された、馬返しの絵葉書である。



【(富士登山) 馬返シ】
f0191673_121367.jpg
 前記の絵葉書より古い、大正初期頃の馬返しの様子である。  



【冨士山近傍圖 五万分一山嶽圖】
f0191673_1221087.jpg



にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ ブログをご覧いただきありがとうございます。峡陽文庫のブログ運営の励みとなります、ご覧の都度1日一回、左の『「山梨情報』をクリックいただけますようお願いいたします。

by kaz794889 | 2014-03-02 12:30 | 富士登山 勝地漫画 | Comments(0)
2014年 03月 01日

愛国第七十四(山梨)号献納

【愛国第七十四(山梨)号の命名式案内】
f0191673_19113397.jpg
 企業や各種団体、都道府県などが中心となって献金を取りまとめた国防献金を原資とした、陸軍への飛行機献納は、昭和7年の「陸軍あいこく1号」が最初と言われている。
 山梨県内においても、こうした社会の動きを踏まえ、昭和7年11月26日に甲府商工会議所ホールにおいて、当時の山梨県知事関屋延之助を会長とした愛国機山梨号献納会創立総会が開催されている。
 この総会において、単葉プロペラ機の愛国機山梨号の購入資金として、購入予定額75,000円の内、特別寄附による5,000円を除く70,000円については、全県からの献金によることとし、各市町村に献金額が割り当てられることとなり、昭和8年上半期までに献金募金運動が山梨県内全域において繰り広げられている。
 こうした結果、昭和8年4月28日には、山梨県主催の献納機命名式が県庁裏広場において開催されることとなった。




【愛国第七十四(山梨)号】
f0191673_1910615.jpg
  愛国機山梨号は「愛国第七十四(山梨)号」と命名され、昭和8年4月28日の命名式当日には、陸軍所沢飛行場を離陸した同号により、甲府市内上空を旋回するなどの感謝飛行がなされている。



【愛国第七十四(山梨)号 概要】
f0191673_19104843.jpg





にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ ブログをご覧いただきありがとうございます。峡陽文庫のブログ運営の励みとなります、ご覧の都度1日一回、左の『「山梨情報』をクリックいただけますようお願いいたします。

by kaz794889 | 2014-03-01 21:01 | Comments(0)