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2013年 04月 29日

「観光山梨新十景新十勝」と削られた句碑

【「脚光浴びる観光山梨新十景新十勝」】
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【同紙面の新聞広告】
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  昭和25年1月13日に明治5年の創刊から25,000号となった山梨日日新聞社は、同年3月6日に25,000号記念事業を社告した。
  その記念事業の一つが、山梨県、甲府市、山梨県観光連盟、名古屋鉄道局甲府管理部、山梨交通、日本交通公社など関係方面の後援により山梨日日新聞が主催し山梨県民の投票による「観光山梨新十景」の選定である。
  その結果は、「新たに登場した新観光地は古い概念は全く一てきされた名実共に観光山梨にふさわしい景勝地がクローズアップされた」として昭和25年7月18日の山梨日日新聞に発表されることとなり、新十景の一つとし「甲州ぶどう郷と宮光園」が選定されている。
  写真はその選定を伝える山梨日日新聞紙面と当選御礼の新聞広告を掲載する同日の山梨日日新聞紙面である。


 「観光山梨新十景新十勝」の選定後、山梨日日新聞創刊80年の記念事業の一環として、選定された新十景を対象とした「山梨新十景を詠みたる俳句」を昭和27年9月から10月末まで飯田蛇笏、富安風生を審査者として募集した。
  また、各景入選句の第一席は、各景の地元観光協会により、その中心地にそれぞれの句碑が建立され、入選の2,000句は「観光山梨新十景句集」として山梨日日新聞社が刊行している。

 
【句碑正面】
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【句碑右側側面】
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 新十景の一つである「甲州ぶどう郷と宮光園」の入選句第一席は飯野燦雨の「今朝の富士 女神の如し ぶどう剪る」が選定され、その句碑が宮光園の前にあるシャトーメルシャンのワイン資料館エリア(同エリアは、メルシャンが取得する以前は宮光園の観光葡萄園であった。)のワインギャラリー前に建つ写真の句碑である。 
  句碑の正面には次の文字が刻まれている。
  「山梨新十景 第一位当選 山梨日日新聞主催 甲州葡萄郷と宮光園 80,954票 推奨 建碑助成山梨県入選一席 「今朝の富士 女神の如しぶどう剪る」 巨摩町 燦雨」
  また、右側側面には、上下を削られた「天皇の碑」の文字と選者蛇笏の文字。また、「昭和28年秋九月 甲州葡萄郷 宮光園 観光協会長 松本三良 建」の文字が最後に刻まれている。
  「天皇の碑」の文字は、飯田蛇笏の句、「西日射す天皇の碑や葡萄熟る」の上下を削ったものである。
  一席入選句の句碑建立にあたり、かつて雲母句会が宮光園で催された際に飯田蛇笏が作った前述の一句も句碑に刻みたい旨を園主が飯田蛇笏に申し出たが、生涯句碑は建てないと心に誓っていたことなどから句碑の建立は固辞していたが、句碑が完成するとその側面にくだんの一句が刻まれていたことから、飯田蛇笏が宮光園に対して句碑を引き込めるよう厳談したが、宮光園の園主も承知しないことから関係者が仲に立ち、句の刻字を石工により削りとらせることで決着したものの、宮光園の園主の思いからか「天皇の碑」の文字は削られず残されたものである。
  現在は、メルシャンのワイン資料館エリアとなっている、かつての宮光園の観光葡萄園跡には、宮光園の主人が観光宣伝のため建立した、様々な句碑や歌碑や記念碑が残されている。





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by kaz794889 | 2013-04-29 11:30 | Comments(0)
2013年 04月 21日

甲州市近代産業遺産 「宮光園」


【「宮光園」案内チラシ】
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 宮光園はワイン産業の先覚者である宮崎光太郎が自宅に整備した宮崎葡萄酒醸造所と観光ブドウ園の総称であり、「宮光園」の宮光は宮崎光太郎の氏名に由来している。
 明治10年8月に山梨郡祝村(現在:甲州市勝沼町下岩崎)に設立された日本初のワイン醸造会社である大日本山梨葡萄酒会社(通称:祝村葡萄酒会社)が、明治19年に販売不振のため解散することとなり、施設は土屋龍憲(大日本山梨葡萄酒会社が明治10年に葡萄酒醸造技術習得のためフランスに派遣した2名(1名は高野正誠)の内の1名)と妹婿の宮崎光太郎が引き継ぎ、土屋は醸造に、宮崎は東京に設立した甲斐産商店で販売に力を注ぐこととなった。
 その後、明治23年頃に宮崎は独立し、明治25年頃に自宅の日本酒醸造所で父親の市左衛門が中心となって葡萄酒醸造を開始し、その後は観光ブドウ園等として昭和30年代まで営業され閉園された後に、関係者から当該施設等が甲州市に譲渡され、同市による整備後の平成23年3月から一般公開されている。

【宮光園南門】
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【宮光園主屋】
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 大正年間に煙だしを持つ民家建築の2階部分を洗出しモルタル外壁の洋風建築に大改修した建物である。
 2階は現在、宮光園に残されていた資料等の展示スペースとなっている。




【主屋の裏側】
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 宮光園の主屋は改修され一般公開されているが、主屋の東側にある通称白蔵、主屋後方の土蔵、レンガ煙突等は現在も改修中である。




【甲斐産商店 宮崎光太郎の年賀状】
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 いずれも、明治30年の年賀状である。
 甲斐産商店は宮光園が醸造した大黒天印甲斐産葡萄酒の東京における販売店として宮崎光太郎が設立した発売元である。




【大黒天印 宮崎葡萄液のチラシ】
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 大黒天印葡萄酒関連のトレードーマークである大黒天は、米俵ではなく葡萄酒の上に乗っている。
樽宮崎葡萄液は、明治35年





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by kaz794889 | 2013-04-21 17:22 | Comments(0)
2013年 04月 14日

穴山駅開業100周年

【現在の中央本線 穴山駅】
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  大正2年8月1日に開業した中央本線穴山駅は本年開業100年を迎える。
  本日(4月14日)穴山駅の韮崎駅寄りに隣接する「穴山さくら公園」では、開業100周年を記念するイベントが開催されるということである。




【「開駅四十年を顧みて」】
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  『開駅四十年を顧みて』は謄写版12ページの冊子として、穴山村役場に事務所を置き、同村長を会長に、同村議会議長、穴山駅長、穴山郵便局長を副会長とした穴山村観光協会により昭和28年8月に発行されたものである。
  同冊子の「調査に当たりて」には「其の年齢四十年を数える穴山駅開業当時の資料を蒐集に当り、当時の村当局者及び鉄道職員等の多くは死亡し、或は四散してしまい尚かつ終戦当時一切の書類を焼却してしまったので調査は非常に困難で唯一の頼りは長坂彰翁の遺稿のみでありました。その他は古老たち見聞、或は口づたえ等によって往時を偲び整理したもので」と記されている。
  開業時の駅舎は、無人化後に韮崎市役所の出張所等となった後に取り壊され、現在はログハウス風の駅舎に建て替えられている。  
 
  穴山駅の概要については、峡陽文庫(平成24年3月11日)に「中央本線穴山駅」として掲載している。





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by kaz794889 | 2013-04-14 14:12 | 鉄道 | Comments(0)
2013年 04月 13日

一宮橋

【一宮橋】
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  甲斐一宮浅間神社の西側を流れる御手洗川に架かる橋が一宮橋である。
  写真の左側が浅間神社の社叢であり、この道は山梨県道303号市之蔵山梨線として同神社随神門前を東西に通じている。



【一宮橋 全景】
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  橋の両側にある親柱に建設年代が刻まれていないため建設年は不明であるが、山梨県内における唯一の官・国幣社であった国幣中社浅間神社の門前を貫く県道に架かる橋梁として建造されている。



【昭和初期の一宮橋】
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  昭和初期の一宮橋の全景である。
  現在はすべて撤去されているが、親柱の上には擬宝珠が設置され、橋の欄干の上下にも装飾がなされている。
  また、当時の橋の東側に点在する住宅の屋根は茅葺となっている。




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by kaz794889 | 2013-04-13 17:09 | | Comments(0)
2013年 04月 07日

甲斐国一宮 浅間神社

【「浅間神社」誌】
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  大正10年10月16日、国幣中社浅間神社社務所発行の『浅間神社』誌である。
  浅間(あさま)神社は甲斐国一宮として、山梨県笛吹市一宮町一ノ宮1684番地に鎮座する旧国幣中社である。
  木花開耶姫命を祭神とし、貞観6年(864年)の富士山大噴火に際し、富士の怒りを鎮めるために創建されたと言われており、延喜式の名神大社として甲斐国一宮に列せられている。



【国幣中社 浅間神社随神門】
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  随神門は流造檜皮葺により明治42年10月に再建されている。



【随神門】
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【国幣中社 浅間神社】
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  拝殿は寛文12年(1673年)5月に再建され、現在は笛吹市指定文化財となっている。



【浅間神社 拝殿】
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【浅間神社境内図】
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by kaz794889 | 2013-04-07 16:56 | 神社 | Comments(0)
2013年 04月 06日

鍛冶曲輪からの景観

【(甲府名所) 舞鶴公園】
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  甲府城跡に整備された公園が舞鶴公園である。
  城跡の鍛冶曲輪(自由広場)から天守曲輪、謝恩塔方向である西側の景観である。


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  写真に写る建造物の状況から大正期前半の甲府城と考えられる。



【鍛冶曲輪(自由広場)から天守曲輪の景観】
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  鍛冶曲輪の同一位置からの現在の景観である。
  自由広場の西側には甲府城跡の整備に伴い、現在は日本庭園が築造されている。また、謝恩塔の下に建つのは、平成25年1月10日に竣工した甲府城鉄門(くろがねもん)である。



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by kaz794889 | 2013-04-06 16:19 | 甲府城 | Comments(0)