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2012年 08月 26日

諸病 加減八珍湯

【加減八珍湯のチラシ】
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 甲府市の市制施行前、明治10年頃に漢方薬を扱う寿泉堂が発行した売薬「加減八珍湯」のチラシである。
 こうした家伝売薬は、古来から一子相伝の秘薬と唱えるなどしてその効を伝称し、その販路を広めていた。
 寿泉堂は、このほかにも「乳呑散」「明治膏」を家伝薬として取り扱っていた。

【甲府市上連雀町の地籍図】
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 寿泉堂は功刀半造により、甲府上連雀町8番地において営業していた。
 左記の上連雀町地籍図で、赤色の位置が上連雀町8番地の位置である。




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by kaz794889 | 2012-08-26 14:01 | 広告・チラシ | Comments(0)
2012年 08月 26日

南アルプスと夜叉神峠周辺

【白根観光協会発行の観光チラシ】
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 昭和29年頃、まだ野呂川林道の夜叉神トンネル完成以前の開削中に、当時の中巨摩郡芦安村内に置かれていた白根観光協会が発行した「南アルプスと夜叉神峠周辺」と銘うった観光チラシである。




【南アルプスと夜叉神峠周辺の図】
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 南アルプスの主峰である北岳麓の広河原まで自動車の乗り入れが可能となったのは、野呂川総合開発の一環である野呂川林道が開通したことによる。
 昭和27年7月5日に当時の技術の主力を注いで着工したこの事業は、わが国最大の山岳道路と言われ、特にi夜叉神トンネルは全長1148m、幅員4.6mと、当時の林道におけるトンネルとしては、標高、全長とも全国一の林道トンネルであり、昭和29年10月30日に貫通し翌年の昭和30年10月に完成している。



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by kaz794889 | 2012-08-26 00:00 | 観光案内 | Comments(0)
2012年 08月 18日

櫛形山と伊奈ヶ湖

【櫛形山観光協会発行のチラシ】
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 櫛形山観光協会は昭和26年4月に当時の野之瀬村と小笠原町商工会により発足し、昭和29年4月に野之瀬村、榊村、小笠原町が合併し櫛形町が発足した後も同町役場内に置かれていた観光協会である。




【櫛形山と伊奈ヶ湖案内図】
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 伊奈ヶ湖は櫛形山の東麓にあり、北伊奈ヶ湖と南伊奈ヶ湖の通称である。
 特に南伊奈ヶ湖は野之瀬村が8年の歳月を400万円の工費を要して昭和25年に完成した灌漑用の貯水池である。また、北伊奈ヶ湖は明治44年12月に開設された峡西電力の第二野之瀬発電所の水源として使用されていた。




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by kaz794889 | 2012-08-18 23:59 | 観光案内 | Comments(0)
2012年 08月 12日

戦時期の山梨 11「駅弁」

【甲府駅の駅弁掛け紙】
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 甲府駅の構内営業業者として米倉は駅弁の販売を行っていた。
 鉄道による旅の楽しみでもある駅弁は、戦前においてもその地方の風物などをあしらった掛け紙が特徴的ではあったが、戦時体制が強まっていく過程の中で、食糧の事情も厳しく統制が図られ、その影響は駅弁にも当然の如く及んでおり、戦時期における駅弁の昭和掛け紙は、それまでの旅情を誘う図柄や表現から、「御飯」といった単純な表現となっていった。




【甲府駅構内営業 米倉が発行した軍歌集】
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 戦時期に米倉が発行した軍歌集である。
 どういったタイミングで作成され、どのような方法で配布していったかは不明であるが、戦時期に何らかの方法で配布されていたものである。 


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by kaz794889 | 2012-08-12 00:00 | 戦時期の山梨 | Comments(0)
2012年 08月 04日

戦時期の山梨 10 「持分合同」

【山梨日日新聞 昭和20年7月6日付紙面】
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 昭和20年3月13日、当時の小磯国昭内閣は空襲や輸送事情の悪化から「戦局ニ対処スル新聞非常態勢ニ関スル暫定措置要綱」を閣議決定し、新聞の持分合同と共同印刷を実施した。
 持分合同とは、地方に移入されている新聞中央紙(朝日、毎日、読売報知等)の地方発送をやめ、その発送部数を各地方の地元紙に吸収させるとともに、その印刷発行を地方紙に委託して合同させることである。
 このため、中央紙の地方発送は、東京都、大阪府、福岡県とその周辺地域である千葉県、埼玉県、神奈川県、神戸市、奈良県、和歌山県、京都府、滋賀県、山口県を除いて停止されている。 
 
 山梨県内においては、昭和20年4月に山梨日日新聞が持分合同し、上記の新聞紙面のとおり「山梨日日新聞」の新聞題号の下に、朝日新聞、読売報知、毎日新聞の紙名が併記されることとなった。


【山梨日日新聞 昭和20年7月28日付紙面】
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 昭和20年当時の新聞は、表裏一面、二面の1枚のみであり、山梨日日新聞も同様である。
 7月6日は甲府空襲当日の紙面であるため、同日の新聞題号下に印刷された発行所は、甲府市百石町の山梨日日新聞社であるが、甲府空襲により山梨日日新聞社は輪転機を始めとした全ての機械・設備を含めた社屋が焼失したため、戦災に備えて一台だけ石和町に疎開させていた輪転機により松林軒ビル内において自社印刷が再開された10月まで、持分合同した毎日新聞が印刷代行をしていた。
 上記の7月28日紙面の新聞題字下に印刷された発行所は「東京都麹町区有楽町1-11 毎日新聞社(東京)」となっている。 



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by kaz794889 | 2012-08-04 12:50 | 戦時期の山梨 | Comments(0)