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2011年 09月 25日

山と釣の韮崎市

【「山と釣の韮崎市」】
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 韮崎市は昭和29年10月10日に韮崎町、穂坂村、藤井村、中田村、穴山村、円野村、清哲村、神山村、旭村、大草村、竜岡村の1町10か村が合併して市制施行している。
 この観光チラシは合併後の早い時期に、韮崎市観光協会と韮崎市役所により発行されたものである。

【韮崎市附近観光案内図】
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 南アルプス、金峰山、甘利山などの山々を中心に、武田八幡神社、願成寺、新府城などを名勝地や名所として紹介している。
 また、観光韮崎市として「中央線を新宿から三時間半県都甲府から20分で観光韮崎市の玄関口韮崎駅に着く、駅頭に立てば頂上に残雲の南アルプスの連山もすぐ目の前に大きく影じ、左に甲府盆地をへだて御坂の山々の上に秀麗不二の雄姿を見ることができる」と記している


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by kaz794889 | 2011-09-25 19:35 | 観光案内 | Comments(0)
2011年 09月 24日

甲州特有名産 煮鮑


【魚亀商店 煮貝の表装紙】f0191673_19362316.jpg



 山梨県の特産品である鮑の煮貝については、「徳川時代、駿河方面から甲州に入る貝の腐敗を防ぐため、煮込んだものを樽につけ、馬の背で揺られてくるうちに、下地が会に沁み込み、甲府に到着する頃には非常に美味くなっていたことから甲州の名物となった。」というのが煮貝の経緯として広く伝わっているところであるが、そもそもの嚆矢については定かではないようである。
 
 煮貝は前述のとおり甲州の名産となっているが、一方では明治から昭和戦前期において発行された、峡陽文庫架蔵の各種「案内記」(現在の観光ガイド的な案内書)などを見ても、煮貝が甲州の特産品としての記載が認められない状況である。
 甲府を訪れた当時の旅行者の立場で考えた場合、当地からの持ち帰えりに時間を有すること、またその価格が高価であることなどが、その理由ではと考えられるところである。
 
 上記の表装紙は、甲府市八日町25番地に所在した影山亀次郎が経営していた魚亀商店のものである。


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by kaz794889 | 2011-09-24 20:06 | Comments(0)
2011年 09月 23日

甲府葡萄郷

【甲府葡萄郷】f0191673_200508.jpg



 中央本線が山梨県内に入り笹子トンネルを過ぎると、勝沼附近から甲府にかけての車窓はぶどう園が連続する。この周辺一帯が山梨県内における代表的な葡萄郷地帯である。
 甲府葡萄郷は、甲府市内の愛宕山から東光寺、善光寺、里垣、甲運、玉諸地区の一帯と言われている。
 特に善光寺一帯は観光客の視覚や味覚を楽しませる遊覧葡萄園あり、この地区で最初の遊覧葡萄園は、昭和7年に開園した甲葡園であり、ついで不二園が開園している。

【ぜひ甲府ブドー郷へ】
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 終戦後、観光が盛んになるに従い、葡萄園を遊覧園に改造するところが増え、昭和26年には甲府葡萄郷の業者により「甲府ぶどう郷観光協会」が組織され、料金の協定、サービスの研究が行われるようになった。


【甲府葡萄郷案内図】
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by kaz794889 | 2011-09-23 20:36 | Comments(0)
2011年 09月 19日

甲府駅前 柳屋旅館

【甲府駅前通り 内湯旅館 柳屋全景】
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 甲府駅前で大塚保作により営業されていた柳屋旅館である。
 左側道路の正面突き当たりが甲府駅であり、旅館の左側側面が駅前通りに面して建てられていた。

【柳屋旅館 三階休息所】
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 前記全景写真の旅館玄関口車寄せの三階右側窓の内側が、この三階休息所の位置である。
 こうした木造三階建ての旅館が甲府市街のあちこちに、戦前期であるこの時代には建てられていた。
 右側の窓から見えるのは、新庁舎建設中の山梨県庁舎である。庁舎の完成が昭和5年であるため、
掲載した二枚の写真は昭和初期である昭和4年頃の状況とかんがえられる。

【「甲府連隊区指定旅館 柳屋旅館」案内】
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 御岳昇仙峡の案内と、列車、自動車の時刻案内が主である柳屋旅館の案内である。

【現在の柳屋旅館跡附近】
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 甲府駅前の平和通りに面した柳屋旅館跡の現況である。
 本来の場所はこの場所よりも南側、平和通りに面した県庁入口附近と考えられる。




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by kaz794889 | 2011-09-19 13:41 | 旅館・ホテル | Comments(0)
2011年 09月 18日

北巨摩郡塩崎村役場庁舎

【旧塩崎村役場庁舎1】f0191673_2225391.jpg



 北巨摩郡塩崎村は、明治8年6月に下今井村、志田村、岩森村、宇津谷村の4村合併により成立した村であり、その後「昭和の大合併」により旧登美村と昭和30年3月5日に合併て双葉町となり、平成16年9月1日には敷島町及び竜王町との合併により、現在は甲斐市となっている。
 明治8年の塩崎村発足当時は、妙善寺本堂の一部を村役場に充て、これを塩崎村役場としていた。
 その後、戸長が交代した明治12年頃には下志田組の民家に、また明治14年頃には宇津谷組の民家を役場に充てていたが、明治17年に登美村と連合組合を設立した際には、下志田組の民家を借りて塩崎、登美の連合役場としていたが、それから数年後の明治22年9月には、また妙善寺に役場を移していたが、建物の狭隘から宇津谷の地を新たな役場庁舎の地と定め、昭和2年3月31日に新築起工式を行い完成した庁舎が、この建物である。

【旧塩崎村役場庁舎2】
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 塩崎村役場の新庁舎建築にあたり、その工事については基礎工事、建築工事と、それぞれの工事は地元の者が請け負っていた。
 工事は昭和2年6月30日までに完成し、翌7月1日からはこの新庁舎において執務を行っている。なお、現在は個人宅と工場として使用されている。


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by kaz794889 | 2011-09-18 23:02 | 役場 | Comments(0)