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2011年 04月 29日

富士川飛行艇

【(甲州身延山) 身延駅前飛行艇発着場】
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 富士川飛行艇とは、富士川を運行していたプロペラ船のことである。
 幅広の木造船の船尾に飛行機用のエンジンを取り付け、プロペラの推進力により船を運航させるものであり、大正12年から3年程の期間、身延弘通株式会社が3艘のプロペラ船を導入し、身延と鰍沢の間を一日3往復していたが、プロペラの騒音が著しかったこと。また、身延線の延伸、バス交通網の発達から、昭和初期には姿を消している。

【現在の同位置】
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 後方の身延橋も新しい橋に架け替えられている。
 飛行艇の発着場は、身延駅前の「しょうにん通り」西側の富士川沿いに位置していた。

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by kaz794889 | 2011-04-29 09:01 | 富士川 | Comments(0)
2011年 04月 24日

商店の包装紙7 『澤田屋』

【澤田屋の包装紙】
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 澤田屋は明治40年の大水害を機に、江戸後期から代々菓子卸売業を続けてきた石和の地から甲府に移転している。
 明治44年に甲府市桜町38番地(甲府市中央4-3-24、現在の中央店の場所)において、生菓子の製造小売りを始めたことが澤田屋の始まりである。

【甲府市 澤田屋菓子店発行の絵葉書】f0191673_22434265.jpg


 昭和9年には、写真の蔵造り店舗から、三階建てのビルが新築され、洋菓子の製造とレストランを開店させている。
 その後、昭和19年の企業整備令の施行により店舗閉店のやむなきに至るとともに、翌年7月の甲府空襲により店舗は焼失している。

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by kaz794889 | 2011-04-24 23:00 | 商店の包装紙 | Comments(0)
2011年 04月 23日

大野山 本遠寺 「お万の様の墓」

【お万様の墓】
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 本遠寺は徳川家康の側室であった、お万の方が身延山久遠寺22世日遠上人に深く帰依し、慶長14年に伽藍を造営寄進して開山された。
 お万の方が逝去すると、徳川御三家のひとつである紀州大納言頼宣(徳川頼宣)が生母の菩提のために建立した墓所が、お万様の墓である。

【お万様の墓 正面】
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 お万様の墓は、関西形式の宝篋印塔で欠損部位はなく保存状態も良好であること。また、山梨県の近世大名墓の墓制を物語る稀少な遺構であり、当時最上級の技術や部材により造営されていることから、平成20年5月8日に「徳川家康側室養珠院墓所」として山梨県指定の史跡に指定されている。

【甲州大野山本遠寺 お万様の墓】
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by kaz794889 | 2011-04-23 23:42 | 寺院 | Comments(0)
2011年 04月 17日

大野山 本遠寺

【別格本山 大野山 本遠寺】
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 本遠寺は慶長14年に身延山二十二世の日遠上人が退隠して開創した寺で、日蓮宗の本山42ヶ寺の一つとして列せられ、開基は日遠上人に帰依した徳川家康の側室養珠院(お万の方)であり、寛永3年に仏殿を建立し寄進している。
 その後、養珠院を生母とする和歌山藩主徳川頼宣によって堂宇の造営が行われ、承応4年に落成したが、幕末の慶応3年3月の火災で伽藍壮麗を誇った堂舎の多くを焼失し、僅かに残った堂宇が現在の本堂と鐘楼堂である。

【本遠寺 本堂】f0191673_16463555.jpg


 本堂は桁行五間、梁間七間、屋根は入母屋造、桧皮葺で南面し正面に一間の向拝が付いている。
 本遠寺本堂は、日蓮宗の聖地である身延山周辺にある江戸時代初期の本堂遺構としては唯一のものであり、昭和61年1月22日に国の重要文化財に指定されている。

━甲州大野山本遠寺本堂━
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【本遠寺 鐘楼堂】f0191673_16465996.jpg


 鐘楼堂は仁王門から本堂に直進する参道左手にあり、建立年代は梵鐘に刻まれた銘から、慶安3年10月頃までに完成したものと考えられている。
 建物の桁行三間、梁間二間、楼造で屋根は入母屋造、桧皮葺で二層の鐘楼となっている。
 本堂と同じく鐘楼堂も昭和61年1月22日に国の重要文化財に指定されている。

━甲州大野山本遠寺鐘楼━
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by kaz794889 | 2011-04-17 17:26 | 寺院 | Comments(0)
2011年 04月 16日

JR身延線 波高島駅

【波高島駅舎 正面】
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 大正2年、富士身延鉄道として富士・大宮町(現在の富士宮)が開通以来、芝川(大正4年)、内船(大正7年)、甲斐大島(大正8年)、身延(大正9年)と延伸開通し、昭和2年12月17日には更に市川大門まで延伸開通している。
 波高島駅は市川大門まで延伸開通した、昭和2年12月17日に甲斐下山駅(その後、下山波高島駅と改称され、昭和13年10月1日に現在の波高島駅となっている。)として開業し、現在の駅舎は開業当時の建物である。

【波高島駅舎 北側】
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 身延線の前身は当初私鉄として開業した富士身延鉄道であり、昭和13年に鉄道省に借り上げられ、昭和16年に買収国有化され身延線となっている経緯から、駅舎の様式は鉄道省の様式とは異なり、私鉄らしさが感じられる駅舎が少なくなかったが、開業当初から残っていた駅舎も老朽化や無人化などにより、次第にコンパクトな建物に改築され、山梨県内の身延線に残る開業当初からの駅舎は、この波高島駅の他に、南甲府、東花輪、鰍沢口、下部温泉の五つの駅舎のみとなっている。
 そう遠くないいずれかの時期に、昭和2年建築の波高島駅舎も立て替えられることとなるのだろうか。

【波高島駅舎 ホーム側】f0191673_1921156.jpg


 波高島駅前は道路から少し奥まり、ゆったりとした駅前広場が設けられている。
 

【波高島駅 ホーム】
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 昭和59年公開の映画「おはん」のラストシーンはこの波高島駅でロケが行われているが、主役の吉永小百合が映画の中で腰掛けていたというケヤキのベンチが、この写真のベンチなのだろうか。

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by kaz794889 | 2011-04-16 20:54 | 鉄道 | Comments(0)
2011年 04月 10日

市川教会

【市川教会】
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 西八代郡市川三郷町市川大門907番地、中線に面して建つ市川教会は、平成9年6月24日に国の登録有形文化財に指定されている。

【側面から見た市川教会】
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 漆喰塗り白壁による外壁、隅に黒塗り疑石隅石形を用いた外観は、明治初期の疑洋風建築に見られる様式を用いている。


━(甲斐市川) 市川教会━f0191673_1275538.jpg
 市川大門に基督教が伝道されたのは、明治15年、カナダ・メソジスト派宣教師CSイービーが村松善則宅で伝道集会を催したことにより、明治21年4月に最初の教会組織が発足し十数名の信者を得たと言われている。    
 その後、青洲文庫で知られる渡辺信の子息である渡辺沢次郎が自家所有の長屋を取り払い敷地と建設費が献納され、その建設費に会員その他有志の醵金を加え、明治30年に新築された会堂が現在の市川教会である。



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by kaz794889 | 2011-04-10 14:02 | 基督教会 | Comments(0)
2011年 04月 03日

春の御案内  甲府柳町 岡島

【春の御案内 岡島】
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 岡島が現在の場所に百貨店ビルを建設する前の昭和10年に、顧客へのDM用に発行した「春の御案内」である。
 この当時の岡島は柳町(現在の岡島事務センターの場所)に店舗を設けていた。

【「春の御案内」の内容①】f0191673_18433685.jpg



【「春の御案内」の内容①】f0191673_18435634.jpg



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by kaz794889 | 2011-04-03 18:52 | 百貨店 | Comments(0)
2011年 04月 02日

観光の甲府

【「観光の甲府」パンフレット】
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 昭和20年代に甲府市役所(商工観光課)が発行した「観光の甲府」と題する観光パンフレットである。
 パンフレットの中では、当時の甲府の様子を「日本一清澄な空気と科学者からも折紙つけられた甲府盆地。今や復興成った甲府の街々は、観光バスの走音に明け、放送塔より流れ出す湯村夜曲のメロディに暮れる。情緒豊かな街路燈に、山峡の旅情は、快く和んでゆく。」と記している。
 また、甲府案内として「百貨店」は岡島、松林軒、中込が、「映画館」は中央劇場、銀峯館、松竹映画劇場、甲宝劇場、電気館、オリオンパレスが記載されている。

【同パンフレット中の鳥瞰図「温泉郷甲府」】
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 「温泉郷甲府」と題する、パンフレット挿入の鳥瞰図である。(掲載の鳥瞰図は題名を含む右半分を省略。)
 市街地に湧出する、甲府温泉を中心とした鳥瞰図である。

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by kaz794889 | 2011-04-02 22:01 | Comments(0)