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2010年 12月 31日

商店の包装紙3 『岡島呉服店』

【甲府柳町 岡島呉服店の包装紙①】
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 岡島呉服店は岡島茂兵衛が先代の定右衛門が築いた茶商を基盤とした呉服・両替商として甲府柳町(現在:甲府市中央2-13-4)に天保14年に開業し、明治5年には三代目の岡島定右衛門が呉服専業に踏み切り、店名を大黒屋・岡島呉服店としている。
 その後、親族により岡島洋品店、岡島洋服店の経営が分担されていたが、両店は岡島呉服店に統合され、大正11年には将来の百貨店を意識した総陳列方式による売場とした店舗(包装紙①に写る店舗)を新築している。

【甲府柳町 岡島呉服店の包装紙②】
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【岡島呉服店 冬の御案内】
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 大正11年から昭和12年7月までの岡島呉服店の店舗である。

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by kaz794889 | 2010-12-31 16:21 | 商店の包装紙 | Comments(0)
2010年 12月 25日

商店の包装紙2 『牡丹亭 満壽太』

【甲府八日町 牡丹亭 満壽太の包装紙(部分) ①】f0191673_926441.jpg


 甲州みやげに何もろた…と、近在一円で名の知られた有名店であった「牡丹亭満壽太」は、牡丹亭金升、通称「升屋」と当初は称していたが、文政期の当主であった太郎右衛門の時代、親交のあった七代目市川団十郎との交流関係などから、升屋の店名を「牡丹亭満壽太」と改名している。
 また、牡丹亭満壽太は升屋時代の享保8年に、砂糖を煮つめていた最中に、葡萄の粒が偶然その鍋の中に落ちた際に生まれた菓子である「月の雫」由来の菓子舗でもある。 

【甲府八日町 牡丹亭 満壽太の包装紙(部分) ②】
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━甲斐甲府市 八日町通り━
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 右側に写る、荷車が店先に置かれた店舗が大正期の「満壽太」である。
 奥に写る洋館はNTT甲府支店の位置にあった若尾銀行である。牡丹亭満壽太は現在の城東通りに面した場所(甲府市中央2-12-15)に位置していた。

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by kaz794889 | 2010-12-25 11:09 | 商店の包装紙 | Comments(0)
2010年 12月 23日

商店の包装紙1 『小池呉服店』

【甲府市常盤町 永源 小池呉服店の包装紙(部分)】

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 甲府市常盤町31番地(常盤通りに面した、岡島の向い)にあった、永源こと小池呉服店で昭和初期頃に使用していた包装紙(部分)である。
 小池呉服店は甲府市内において、明治時代から有名な呉服商の一つであり、その屋号である「永源(えいげん)」の名で山梨県内において広く知られていた呉服店であった。



【明治36年頃の小池呉服店】
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 明治36年6月発行の『甲府案内』において、小池呉服店は次のように紹介されている。
 「常盤町南側にあり位置は甲府停車場を距る僅か三丁余にして本市枢要の地たり、商品の重なる種類を列挙すれば、絹織物類、京都西陣織物類、桐生・足利・八王子織物類、和洋フランネル類、国産甲斐絹可良糸織、敷物類等にして品質を精選し価格を一定し取引の正確を期し薄利を主とし懇篤に勉むるを以って其名夙に江湖に宣伝す坊間永源として云えば、如何なる山間僻地の人と難もなおかつこれをしらざる者なし、殊に年々初売り出しの際には「福喜れ」を買わんとて遠近より来るもの実にはなはだしく店前ほとんど人の山を築きたらん如く其の混雑云はん方なし正に当市の一名物と云うべし、支店は桜町4丁目にあり尚ほ目下各地枢要の個所に支店を設置する計画なりと云う。」


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by kaz794889 | 2010-12-23 17:36 | 商店の包装紙 | Comments(0)
2010年 12月 05日

『民間事情』

【『民間事情』第1号(明治11年6月19日発行):第2号(明治11年7月6日)】
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【『民間事情』第3号(明治11年7月13日発行):第4号(明治11年7月20日)】
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【『民間事情』第5号(明治11年7月27日発行)
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 山梨県内において雑誌の形態をとった現物が残る物の内、刊行時期が最も早いものが、この『民間事情』とされている。
 和とじ10丁の小冊子(縦18㎝、横12㎝)として、第1号は明治11年6月19日に発行され概ね週刊として第5号までが残っているようである。
 甲府柳町2丁目192番地を住所とする「自卑社」が発行元であり、社主は武田湊、編集兼印刷は日向伊平であり、売捌所として甲府が5か所、韮崎、大泉、勝沼、鰍沢にそれぞれ1か所が定められている。
 内容は民権運動勃興の気運に乗じた内容ではあるが、雑誌の刊行期を含め山梨県内における刊行に係る際立った活動は見受けられないようである。



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by kaz794889 | 2010-12-05 17:28 | 雑誌 | Comments(0)