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2010年 01月 31日

山中湖のワカサギ穴釣り

【山中湖 氷上ワカサギの穴釣り】
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 昭和9年発行の旅行案内によれば、山中湖は「冬はスキーの好適地があり、湖面は長く結氷してスケートに適する。(中略)冬期は一部湧泉のある部分の外は湖面結氷して人馬を通ずる。」とあり、氷上で行うワカサギ釣には好適地であるのだろう。
 左の案内広告は、パンフレットの形で富士山麓電鉄(現在の富士急行である。)が発行したものである。
 昭和初期、中央本線が甲府まで電化した頃のものと考えられる。



━山中湖氷上漁業ノ実況(山中湖発展会発行)━
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 大正末期に山中湖発展会が8枚組で発行した「岳麓 山中湖スケート実況」絵葉書の中の1枚である。
 レジャーとしての氷上ワカサギ釣とは異なり、山中湖周辺住民の生活としての氷上漁業の実況である。
 山中湖の湖中には「鯰、鯉、鮒、山女、鰻など」を産し、また、「淡水海綿、メンカラス貝、シジミ等」も見られると前述の旅行案内の中に記されている。




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by kaz794889 | 2010-01-31 14:03 | Comments(0)
2010年 01月 30日

甲府勧業共進会

━市制実施三十年記念 甲府勧業共進会記念絵葉書━f0191673_20133465.jpg


 甲府市が明治22年の市制施行から三十年を迎えた大正7年、甲府市の産業促進と市制施行三十年を記念し、甲府勧業共進会が10月5日から同月25日までの20日間を会期として、市内4か所を会場として開催された。
 絵葉書に写る風景は、【左側】上部は第一会場(舞鶴公園)、下部は第二会場(県会議事堂)、【右側】上部は甲府駅前に特設された歓迎門、中部は第三会場(甲府商業会議所附属物産陳列館)、下部は第4会場(遊亀公園)である。

【第一会場正門】
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 第一会場となった、舞鶴公園(甲府城址)の遊亀橋のたもとに開設された甲府勧業共進会の第一会場正門である。

【第一会場の一部】
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 第一会場である舞鶴公園内の広場に開設された、特設噴水を中心とした売店や軽食堂などの会場風景である。

【第二会場】
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 甲府市錦町(現在:甲府市丸の内1-17-3附近)に明治20年に建設され、第二会場となった県会議事堂(現在の県会議事堂とは異なる初代の建物。)である。

【第三会場】
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 錦町18番地の甲府商業会議所に隣接して大正4年7月に建設された、第三会場となった甲府商業会議所附属物産陳列館である。



【第四会場正門】
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 第四会場となった遊亀公園の正面入口である。


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by kaz794889 | 2010-01-30 21:08 | 博覧会 | Comments(1)
2010年 01月 24日

古名屋

【古名屋ホテル・正面】
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【古名屋ホテルの案内パンフレット】
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 古名屋ホテルは明治初期に富士川舟運の港町である南巨摩郡鰍沢町に古名屋旅館として創業し、明治45年に現在地(甲府市中央1-7-15)に移転し、甲府市街の老舗ホテルの一つとして営業されている。


━昭和初期の古名屋━
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 昭和初期の古名屋旅館である。
 同じ頃、甲府市街のボーリングにより多量な温泉が湧出し、新興泉都として県庁所在地の市街に湧く数少ない温泉地として、附近の旅館とともに甲府温泉が形成されていった。
 次の図は、そうした甲府温泉の一つとしての古名屋旅館を中心に吉田初三郎が描いた鳥瞰図である。


━甲府温泉・古名屋旅館鳥瞰図━
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【古名屋の案内パンフレット(昭和30年代)】
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 昭和20年7月の甲府空襲により古名屋は全館焼失したが、翌21年には建物を再建し営業を再開している。 その後、昭和48年10月には8階建の本館が新築されている。



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by kaz794889 | 2010-01-24 17:17 | 旅館・ホテル | Comments(0)
2010年 01月 23日

山中湖・富士ニューグランドホテル

【富士ニューニューグランドホテル・外国人向け英文パンフレット】
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━富士ニューグランドホテル全景━
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【富士ニューグランドホテル・富士ニューグランドロッヂ案内】
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 富士ニューグランドホテルは、昭和11年7月に横浜のホテル・ニューグランドの経営により山中湖畔に開業した。なお、その三階建てのホテル建物は、国際観光興業が所有していた。
 また、併設されていた富士ニューグランドロッヂは、毎年7月1日から9月中旬までを営業期間として昭和11年5月に開業している。
 この案内に掲載されている図は、吉田博の作成(昭和12年頃)による版画、『富士ニューグランドホテル』である。



━富士ニューグランドホテル ━f0191673_2249365.jpg


 富士山とホテル本館を描いた、富士ニューグランドホテルのアメニティ絵葉書である。

━FUJI NEW GRAND HOTEL,LAKE YAMANAKA FUJI NATIONAL PARK. ━
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 富士山とホテル本館、山中湖を描いた、富士ニューグランドホテルのアメニティ絵葉書である。
 なお、富士ニューグランドホテルは、昭和19年9月に横須賀海軍部隊に賃貸借り上げされ営業が休止された後、昭和20年12月28日にはGHQに接収され昭和27年6月30日に接収解除となっている。
 また、富士ニューグランドロッヂは昭和36年4月に花月園が買収し、同年7月からは山中湖ロッヂ花月園として開業されている。



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by kaz794889 | 2010-01-23 23:35 | 旅館・ホテル | Comments(0)
2010年 01月 16日

旧山梨県立図書館の外塀

【昨年12月の旧山梨県立図書館】
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 防災新館建設のため、県庁構内に残る昭和5年竣工の旧山梨県立図書館庁舎は各方面からの保存を求める要望にも関わらず、コスト増大を理由に記録保存のみにとどめ解体されることとなった、自由近世式、鉄筋コンクリート造りの図書館庁舎については、当ブログにおいて既に掲載(平成21年3月29日「旧山梨県立図書館と県庁第一南別館」)しているところである。
 写真は、解体工事に併せた工事塀の建設が始まっている、平成21年12月19日の状況である。

━山梨県庁━
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 昭和5年に旧山梨県立図書館と相対して建設され、平成21年12月に山梨県指定文化財となった旧山梨県庁舎である。
 写真の左側に写るのは、旧山梨県立図書館の門柱と外塀である。旧県庁舎の前面には現在は大規模な植栽がなされているため、写真の空間は失われているが、手前側片方の門柱と外塀は、そのままの形で残されている(た)。

【山梨県庁舎配置図】
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 県庁舎と図書館の位置関係及び図書館を囲む門柱と外塀のイメージが認識できる、昭和5年4月に発行された『県庁舎議事堂 新築工事要覧』に掲載された「山梨県庁舎配置図」である。

【旧山梨県立図書館の外塀 ①】
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 旧県立図書館の東側に残されていた門柱と外塀である。
 それ以前の状況であるが、現在は旧図書館の解体工事に伴う工事塀に囲まれ、外側から見ることは困難と思われるが、いずれにしても旧図書館とともに取り壊されることとなるのだろうか。

【旧山梨県立図書館の外塀 ②】f0191673_1514049.jpg

 外塀の中央は掲示版として使用されていた部分と思われる。
 県庁の正門的な出入口は現在敷地の東側に設けられているが、この場所に県庁が新築された昭和5年当時から前述した東側の入口が設けられるまでの間、県庁の正面入口はこの外塀に沿った形で、錦町通りに直面した北側に設けられていた。

【旧山梨県立図書館の外塀 ③】
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by kaz794889 | 2010-01-16 17:02 | 山梨の近代建築 | Comments(1)
2010年 01月 11日

錦町通り裁判所前

━〔甲府名所〕 錦町通り━
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 山梨県庁が現在の甲府市役所の位置にあった頃、昭和初期の錦町通りである。
 戦後、平和通りが完成するまで、甲府のいわゆるメインストリートは、この錦町通りであった。
 左側は大正5年5月に竣工した甲府地方裁判所の2代目庁舎の煉瓦塀である。庁舎は昭和フ20年7月の甲府空襲により焼失したものの、この煉瓦塀の基礎は平成21年1月に現在の裁判所庁舎が完成するまで、敷地を囲む外塀として一部が残されていた。
 中央に写る建物は錦町交差点に面して建てられていた、甲府警察署の庁舎である。

【現在の錦町通り(裁判所裏)】
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 現在の錦町通りである。左側手前が昨年1月に新庁舎となった甲府地方裁判所、その奥に写る白い庁舎は甲府警察署である。
 双方とも、甲府市街のメインストリートである平和通り側に、現在はその正面入口を向けて置かれている。


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by kaz794889 | 2010-01-11 10:51 | 甲府市街点描 | Comments(0)
2010年 01月 10日

相生町時代の甲府市役所

━〔甲府名所〕甲府市庁━
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 甲府市柳町72番地から相生町50番地に移転した、大正4年10月竣工ま甲府市役所である。
 この庁舎は昭和20年7月の甲府空襲により焼失したため、錦町1番地(現在の場所)の罹災を免れた水道部庁舎において事務を再開し、内藤多仲の設計による現在の市役所庁舎が昭和36年11月に竣工するまで、市役所本庁舎とされていた。

【現在の甲府市役所跡】
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 相生町時代の甲府市役所があった場所(現在:中央1ー20ー11)の現状である。
 現在は市役所等公共機関の施設はなくなり民有地となっているが、道筋などは往時の姿をとどめているため、かつての市役所の位置については認識が可能である。

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by kaz794889 | 2010-01-10 10:20 | 甲府市街点描 | Comments(0)
2010年 01月 09日

甲府柳町・商工会議所通り

━柳町(商工会議所)通り━
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 旧甲府商工会議所前の柳町通りを南側方向に写した昭和初期夏頃の風景である。
 写真に写る二本目の電柱が立つあたりが濁川に架かる緑橋であり、その橋から先は緑町、太田町となり、遊亀公園の正面入口前に至る通りである。

【現在の旧甲府商工会議所前の通り】
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 前記の写真に写る町並みの現在の様子である。
 大正15年に竣工し現在も国の登録有形文化財として残る旧甲府商工会議所の建物は、当時と変わらずに残っているが、それに並ぶ土蔵や家々の姿は全く無くなっているものの、道筋のみは昔と変わらぬ雰囲気を残している。この周辺は昭和20年7月の甲府空襲により旧甲府商工会議所を除き、その殆んどは罹災し焼失している。

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by kaz794889 | 2010-01-09 18:28 | 甲府市街点描 | Comments(0)
2010年 01月 03日

春日通りと甲府館

━春日町通り錦町甲府館前通り(甲府市)━
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 春日町は甲府城郭内の武家屋敷地であった中小路が、明治8年に近隣の錦、紅梅、桜などの各町とともに佳名として名付けられた町名である。
 甲府市街地の中心に位置し、常盤町と相生町を結ぶ春日町通りは商店街を形成しており、明治44年に山梨県最初の常設映画館が開設された、明治末期から特に活気を呈していた。
 写真は昭和10年頃の春日町通りを南側から北側方向に写したものであり、左側の建物は昭和7年に新築された甲府館(映画常設館)である。

【二周年記念絢爛名番組 日活直営 甲府館】
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 甲府館は明治44年に山梨県最初の活動写真常設館として開設された。
 その後、大正7年に第二甲府館が開設(甲府館の北側隣地)され、当初の甲府館は第一甲府館と改称した。
 昭和7年に第一、第二甲府館が新築され再び甲府館として開館し、その後は日活映画の甲信越第一封切場となっている。左は昭和9年3月29日からの開館満二周年記念興行の案内チラシである。



【現在の甲府館跡】
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 上記写真位置の現在の様子である。
 中央に写る白いビルの位置が甲府館のあった場所(現在:甲府市中央1-5-2)であり、上記写真に写る春日町通りの現在である。
 甲府館は昭和20年7月の甲府空襲で焼失しており、昭和20年12月29日に甲府館のあったこの場所に、新たな映画館として電気館(東映系)が、また昭和21年12月には電気館と隣接してセントラル劇場(洋画)が開設されている。(その後、電気館は昭和32年8月、セントラル劇場は昭和34年7月に改築。)
 なお、甲府館の跡に建つ昭和49年に完成したビルには、ダイエー甲府店(その後、トポス甲府店)が平成11年まで入居し、平成15年から21年2月までは「オギノかすがも~る店」が入居していたが、現在は空きビルとなっているが、「現在のビルを解体し、平成25年の完成を目指した新ビル構想」との新聞報道が最近伝えられている。

━(活動写真常設) 第一及第二甲府館の夕景━
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 甲府館が昭和7年に改築される以前の第一甲府館(左側)及び第二甲府館(右側)である。

【「活動週報」第105号】
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 大正8年9月12日に甲府館が発行した「活動週報」第105号である。
 



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by kaz794889 | 2010-01-03 11:28 | 劇場・映画館 | Comments(0)
2010年 01月 02日

魚町 松亭

【藤村紫朗による新年会案内状】
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【前記案内状の送付封筒裏面】
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 明治18年1月3日付の山梨県令藤村紫朗による新年会の開催案内状である。
 1月10日午後3時より、甲府魚町の松亭において開催予定との内容であり、出席の可否について7日までの回答を求めている。
 また、左の封筒は前記の案内状を郵送で送付した際の封筒の裏面であり、赤色で「山梨県甲府常盤町 藤村紫朗」と印刷されている。



【魚町松亭の表】
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 松亭は甲府魚町(現在の甲府市中央3-11-23~26附近)にあり、「三層楼閣高く雲を凌ぎ其の家屋広壮なる何人も一驚せざるものなし、市内同業者中の元祖にして創業以来ここに九代以って其の老株たるを知るべし」と、明治36年発行の『甲府繁昌記』に記されている。
 幕政時代から10代目の時代に廃業するまでの間、甲府における有数の料理屋として知られていた。
【魚町松亭の裏 三層楼を望む】
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by kaz794889 | 2010-01-02 17:29 | Comments(0)