峡陽文庫

kaz794889.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

<   2009年 03月 ( 8 )   > この月の画像一覧


2009年 03月 30日

『桜の名所 今昔 3』 甲斐 善光寺


━(甲斐国) 善光寺の桜花━
f0191673_2030159.jpg


 明治末期から大正にかけて、桜の名所として善光寺の桜がもっとも有名であり、善光寺山門から現在の旧国道20号線(甲州街道)へ出るあたりまでの善光寺参道の両側には、枝を折り重ねるばかりに咲いた桜花のトンネルがつくられていた。
 掛茶屋などの店が出て春の参詣客や花見の客で賑わっていたが、序々に周囲のぶどう園に注意が奪われ、参道の桜は手入れや補植もされず、全盛期の頃に千本を数えた吉野桜も昭和初期には老木数本を残すばかりとなったことから、昭和9年頃に甲府観光協会が音頭をとって桜を補植し、再び桜花の名所にしようとしたが、叶わなかったようである。
 絵葉書に写る光景は、いずれも明治44年頃の善光寺の桜花である。

━(甲斐国) 善光寺大門より山門に到る桜花のトンネル━
f0191673_20303885.jpg



━(甲斐国) 善光寺の桜花━

f0191673_2031359.jpg




━甲府名所 善光寺大門通桜花の隧道━
f0191673_20313013.jpg




にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ ブログをご覧いただきありがとうございます。峡陽文庫のブログ運営の励みとなります、ご覧の都度1日一回、左の『「山梨情報』をクリックいただけますようお願いいたします。

by kaz794889 | 2009-03-30 20:55 | 桜の名所 | Comments(0)
2009年 03月 29日

旧山梨県立図書館と県庁第一南別館


━山梨県教育会附属図書館━
f0191673_14405638.jpg

 明治33年10月に開館した山梨県教育会附属図書館は、甲府市錦町、桜町と、その場所を移転しながら、明治44年11月に旧甲府城内に移転していたが、大正、昭和と20年以上の年月が経過し、改築の機運が醸成され、昭和3年の冬、教育会図書館を改築・拡張するのであれば寄附を引き受けてもよいとの根津嘉一郎との内諾が得られ、昭和4年6月に正式に山梨県教育会附属図書館建設費寄附が決まり、清水組により昭和5年3月5日に起工、同年9月15日に竣工した。
 昭和5年発行の『山梨県教育会附属図書館新築記念』誌の序によれば「本館ハ貴族院議員根津嘉一郎氏ノ寄附ニ係リ昭和5年3月工ヲ起シ9月15日に落成ス敷地288坪、建坪209坪余、自由近世式鉄筋コンクリート2階建ニシテ県庁舎ノ南面ニ位置シ兼ネテ本会ノ事務所タリ。」と記されている。

━山梨県教育会附属図書館 閲覧室━
f0191673_1441490.jpg

 1階に設置された閲覧室の落成当時における様子である。

━(甲府名所) 山梨県庁━
f0191673_14425682.jpg

 新築された山梨県教育会附属図書館は、昭和5年3月に竣工した旧山梨県庁舎(現在の県庁別館)と相対し、甲府市内における一偉観であった。
 旧甲府中学校の新築移転後、旧甲府城の堀を埋め立てる等して楽屋曲輪に新築された県庁舎と南側後方からの教育会附属図書館である。

【山梨県立図書館一覧(昭和7年9月)】
f0191673_14411222.jpg 昭和6年4月、山梨県教育会から昭和5年に竣工した同会附属図書館が山梨県に寄附され、同図書館は4月1日から山梨県立図書館として新たに開館された。
 その後、昭和20年の終戦により日本に進駐した米軍により図書館は接収され、山梨軍政部が接収後の建物内に設置され、昭和25年4月の接収解除まで山梨軍政部の庁舎として使用されていた。
 また、県立図書館の利用者の増加に伴い、庁舎東側にコンクリート2階建による増築を行った。なお、この増築に際しても、2代目根津嘉一郎からの寄附及び県費によるものであった。


【図書館平面図】
f0191673_14414055.jpg


【県庁第一南別館(旧山梨県立図書館)①】
f0191673_14463414.jpg

 東側から眺めた旧山梨県立図書館庁舎である。
 旧山梨県立図書館は昭和20年7月の甲府空襲において罹災せずに焼失を免れており、現在は県庁第一南別館として使用されている。 

【県庁第一南別館(旧山梨県立図書館)②】
f0191673_14453861.jpg

 正面から眺めた旧山梨県立図書館である。『山梨県庁舎の耐震化等整備に関する報告書』及びその後の基本計画等によれば、県庁第一南別館として使用している旧山梨県立図書館庁舎は文化財的価値が相当高いと認めながらも、建築物としての価値や歴史的経緯を残すことの意義を優先せず、新たに予定されている新庁舎の建設のみを優先する結果を生み出そうとしている。
 旧県庁舎、県会議事堂、旧山梨県立図書館の三つの建物が残ることにより、初めて県庁構内の歴史的景観が守られるのである。今から80年前に歴史的遺産である甲府城の石垣や堀を県庁舎新築のために無造作に取り壊した歴史破壊の代償として建設され、時間の経過によりその代償として建てられた建築物が再び歴史的遺産として醸成されたにも関わらず、同様の愚策を再び行おうとしている現状は、まさに何をか況やではないだろうか。



にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ ブログをご覧いただきありがとうございます。峡陽文庫のブログ運営の励みとなります、ご覧の都度1日一回、左の『「山梨情報』をクリックいただけますようお願いいたします。

by kaz794889 | 2009-03-29 16:45 | 山梨の近代建築 | Comments(3)
2009年 03月 28日

『桜の名所 今昔 2』 県庁前の桜

 『甲府略志』(大正7年:甲府市役所発行)によれば、名勝及び旧跡として「県庁前の桜」をこう記している。
 「明治の初年、県令藤村紫朗、和州吉野より移植せし桜にて、老幹数株万朶一時に爛発するや一簇の彩雲天半より落下せし如く、庁庭の常緑樹と相映発して一賞に値す。」

━(甲府市錦町)山梨県庁━f0191673_865521.jpg 


 県庁の外柵沿いに咲く桜樹である。

━山梨県庁前通常盤町━
f0191673_875753.jpg


 ここでいう県庁前は、現在の場所に県庁が移転する以前、錦町時代の県庁前である。
 明治10年にいわゆる藤村式建築として、現在の甲府市役所の場所、旧甲府郵便局の位置に旧県庁舎が建設され、昭和5年に甲府城内、旧甲府中学校の場所にその後県庁は新築移転している。

【現在の旧県庁舎跡】f0191673_883444.jpg


 道路の左側が旧県庁の跡であり、上記の絵葉書に写る場所の現在の様子である。
 旧県庁跡は現在甲府市役所となっているが、昭和49年に甲府市太田町に庁舎が新築移転するまでこの場所には甲府郵便局があり、道路左側に建つ2階建の甲府市役所南庁舎は昭和6年に逓信省技師であった山田守の設計により建設されたかつての甲府郵便局庁舎である。


にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ ブログをご覧いただきありがとうございます。峡陽文庫のブログ運営の励みとなります、ご覧の都度1日一回、左の『「山梨情報』をクリックいただけますようお願いいたします。

by kaz794889 | 2009-03-28 08:27 | 桜の名所 | Comments(0)
2009年 03月 22日

『桜の名所 今昔』 甲府・舞鶴公園の桜

 3月20日、甲府地方気象台は甲府における桜の開花を発表した。
 これからしばらくの間は、桜や桃の花が話題の中心となることだろう。こうした春の季節に合わせ、山梨県内における桜の名所の今昔について紹介していきたい。

━舞鶴公園━
f0191673_1623412.jpg


 鳥瞰図で知られている吉田初三郎の描いた舞鶴公園謝恩碑附近の桜である。
 この絵葉書は、昭和12年8月に開催中止が決定した「全日本産業観光甲府大博覧会発行」の甲府を始めとした県内の四季を描いた5枚組絵葉書の内、春を描いた1枚である。
 なお、他の4枚は甲府銀座の夜の賑わい、御坂峠からの富士を描いた夏、御嶽昇仙峡の仙娥滝を描いた秋、身延山久遠寺祖師堂の雪景を描いた冬である。

━「甲府舞鶴公園の桜」━
f0191673_16241213.jpg
 甲府桜盛会発行の甲府舞鶴公園の桜を描いた4枚組の彩色絵葉書と、そのタトウである。



━甲府市 舞鶴公園ノ桜 ①━
f0191673_16243863.jpg


 「かつて堀のあった現在の山梨県民会館ビルの周辺から甲府城、謝恩碑を眺めた光景である。」

 甲府城の桜は、明治39年の一府九県連合共進会の開催を機して、当時の山梨県知事であった武田千代三郎が植えさせたものが始まりである。
 また、大正3、4年頃になると、商工会議所の呼びかけにより、桜樹愛護会が組織され、先に植えた古木の衰弱化前に若木の補植を行っている。
 
━甲府市 舞鶴公園ノ桜 ②━
f0191673_1625784.jpg


 大正2年頃から昭和18年までの間は、毎年4月1日頃から12日の武田神社例大祭、15日の御幸祭の頃まで観桜会が催され、甲府市内の有名料理店が軒並み売店を出し、サーカスや見世物小屋も軒をつらねていたが、こうした花見の風景も、満州事変以降の戦時体制化が深まるにつれ、華やかさもなくなり、昭和18年の春からは、花見風景そのものも完全に消えていったのである。

━甲府市 舞鶴公園ノ桜 ③━
f0191673_16272349.jpg


 終戦後、舞鶴公園には進駐軍の兵舎が建ち並び、講和条約発効後、公園が返還された際には桜の樹勢も著しく衰退しており、昔日の面影は殆んど見られなくなっていたため、若木の補植を件が行ったものの、戦前の華やかな桜は見るすべもなかった。
 戦後、甲府観光協会と甲府商店街連盟が共催で「観光さくら祭」を行っていた時期もあったが、商店街に桜の造花を飾る程度の極めて商業的なものであり、戦前の観桜会とは本質を異にするものであった。 

━甲府市 舞鶴公園ノ桜 ④━
f0191673_16275482.jpg



にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ ブログをご覧いただきありがとうございます。峡陽文庫のブログ運営の励みとなります、ご覧の都度1日一回、左の『「山梨情報』をクリックいただけますようお願いいたします。

by kaz794889 | 2009-03-22 17:36 | 桜の名所 | Comments(0)
2009年 03月 20日

山梨の蔵元 5 『叶屋酒造店』

【富士之司(フジノツカサ)】
f0191673_458198.jpg


叶屋酒造店は北巨摩郡韮崎町(現在:韮崎市)にあった、富士之司を代表銘柄とした酒造店である。
 「富士之司」は、大正、昭和初期頃、当時開催された大正博覧会、平和博覧会などの大小博覧会や品評会に出品され多数の名誉賞、優等賞を獲得し、その販路は山梨県内を始め、東京、神奈川等の近県に亘っていたという。

f0191673_458286.jpg



にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ ブログをご覧いただきありがとうございます。峡陽文庫のブログ運営の励みとなります、ご覧の都度1日一回、左の『「山梨情報』をクリックいただけますようお願いいたします。

by kaz794889 | 2009-03-20 05:17 | 蔵元 | Comments(0)
2009年 03月 15日

甲府勧業博覧会

 甲府勧業博覧会は大正15年9月20日から10月30日の40日間、舞鶴公園を第一会場、遊亀公園を第二会場として開催された。

━甲府勧業博覧会記念 第一会場正門━
f0191673_10361543.jpg


 甲府柳町春秋社が作成し甲府勧業博覧会協賛会が発行した「甲府勧業博覧会記念」絵葉書4枚組の一枚
である。

━第一会場 正門━
f0191673_10364946.jpg


 市制30年を記念して大正7年に開催された甲府勧業共進会の開催以来8年が経過し、その後の甲府における産業の発展状況などから、「規模大に失せず、小に過ぎる程度」における博覧会開催を市民一般が熱望することとなったこと。
 また、横須賀市において開催された軍艦三笠保存記念博覧会の開催設備等の請負業者が、甲府において博覧会計画があるのであれば、会場建築等の設備に応ずるとの意向があったことなどから、新海栄治を始めとした市内の融資が甲府商工協会を組織し、同会の事業として博覧会の開催となったものである。

━甲府勧業博覧会 第一会場 京都特設館━
f0191673_10371658.jpg


 大正15年9月22日、舞鶴公園内の機山館において開会式が挙行され、開催後は日を追って予想外の盛況を呈することとなった。

━甲府勧業博覧会 第二会場 正門━
f0191673_10374568.jpg


 遊亀公園に設けられた第二会場の正門である。この場所は、現在も遊亀通り側に面した、遊亀公園の入口として使用されている。

━甲府勧業博覧会 第二会場 飛行機━
f0191673_10381141.jpg


 博覧会の盛況に伴い、入場料を始めとした諸種の収入増加により、収支の余剰金が発生したことから、海軍省から飛行機の払下を受け、第二会場である遊亀公園に格納庫を設け一般の参観に供し、軍事思想の普及の一端としたのが、この飛行機である。

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ ブログをご覧いただきありがとうございます。峡陽文庫のブログ運営の励みとなります、ご覧の都度1日一回、左の『「山梨情報』をクリックいただけますようお願いいたします。

by kaz794889 | 2009-03-15 11:08 | 博覧会 | Comments(0)
2009年 03月 07日

甲府中学校創立三十周年

 明治13年10月23日に師範学校内に山梨中学校として開設以来、甲府中学校(現在:山梨県立甲府第一高等学校)は、明治43年に創立30年を迎え、それを記念した下記の絵葉書が発行された。
━甲府中学校創立三十年記念絵葉書①━
f0191673_21335717.jpg


 当時の甲府中学校は昭和3年に現在地へ移転するまで、甲府城内にあった。絵葉書に写る建物は当時の甲府中学校校舎である。

━甲府中学校創立三十年記念絵葉書②━
f0191673_21342741.jpg


 甲府城内時代の甲府中学校は、甲府城旧追手門を正門としていた。絵葉書の図柄は、その正門をデザイン化したものである。

━甲府 舞鶴城大手門━
f0191673_21345417.jpg


 甲府中学校正門と甲府城の堀に架かる太鼓橋である。ここに写る石垣、太鼓橋や堀は、甲府中学校の移転後、昭和3年に県会議事堂や県庁舎建設に伴い取り壊されたものである。

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ ブログをご覧いただきありがとうございます。峡陽文庫のブログ運営の励みとなります、ご覧の都度1日一回、左の『「山梨情報』をクリックいただけますようお願いいたします。

by kaz794889 | 2009-03-07 21:57 | 学校 | Comments(1)
2009年 03月 01日

軍隊歓迎会・歩兵第四十九連隊

 歩兵第四十九連隊が衛戍の地として甲府に設置されたのは、明治42年4月であった。(設置の詳細・状況については、当ブログ20年11月2日の「甲府歩兵第四十九連隊入峡」を参照されたい。)

━(甲府名勝)甲府歩兵第四十九連隊正門━
f0191673_22474084.jpg



━(甲斐国)歩兵第四十九連隊の全景━
f0191673_22492128.jpg



━軍隊歓迎記念━
f0191673_22512444.jpg


 歩兵第四十九連隊の設置に伴い、甲府衛戍病院(後の甲府陸軍病院)、甲府連隊区指導部、甲府憲兵分隊(甲府市新青沼町)が設置された。
 山梨県軍隊歓迎会により、歓迎記念の絵葉書が明治42年に発行された。
 上段右側から、熊谷喜一郎山梨県知事、歩兵第四十九連隊正門、歩兵第四十九連隊長・太田朗陸軍大佐
 下段右側から、甲府憲兵分隊、加藤平四郎甲府市長、甲府連隊区司令部。

【軍隊歓迎会・案内状】
f0191673_2312522.jpg


明治42年4月25日、午後一時から甲府市・太田町公園において開催された、軍隊歓迎会の案内状である。

f0191673_2314892.jpg



f0191673_2323889.jpg


 軍隊歓迎会における式次第である。
 園遊会や各種余興が開催されたようである。

【歓迎会場案内】
f0191673_2331262.jpg



【歓迎会場全図】
f0191673_2343249.jpg


 軍隊歓迎会は太田町公園を会場として開催された。会場図によると、会場正門附近に記念絵葉書売店、会場の奥に寿司・天ぷら・ビール・だんごなどの模擬店が設置されている。


にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ ブログをご覧いただきありがとうございます。峡陽文庫のブログ運営の励みとなります、ご覧の都度1日一回、左の『「山梨情報』をクリックいただけますようお願いいたします。

by kaz794889 | 2009-03-01 23:20 | 甲府連隊 | Comments(1)