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2008年 10月 31日

絵葉書で見る山梨 13

━【甲斐名所】櫻町通り━
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 桜町通りを北方向から南方向に向けた景観です。
 左側の3階建てビルは、大正13年2月に新築され、ビル内で洋品・雑貨・食堂を営業していた、デパートメントストア フリヤ商会ビルです。
 ちょうどこのビルが建つ場所は、銀座通りとの交差点の一角に当たる場所です。右側に写る場所は、後に松林百貨店が建てられた場所です。

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by kaz794889 | 2008-10-31 23:26 | 絵葉書で見る山梨 | Comments(0)
2008年 10月 29日

甲斐の秋色 『御嶽 昇仙峡』

━昇仙峡案内━
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 昇仙峡の覚円峰をデザイン化した、御嶽自動車株式会社が発行した昭和初期頃の観光リーフレットです。
 御嶽昇仙峡について「造化の神のなせる神巧とも言うべき昇仙峡の自然美は、あらゆる文人の筆を超越している。」と案内しています。


【前記の観光リーフレット中の鳥瞰図】
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 甲府盆地と御嶽昇仙峡を俯瞰した鳥瞰図です。
 甲府駅から昇仙峡入口まで西北約10km、御嶽自動車株式会社による20人乗り大型バスで約30分、往復運賃1円、片道料金60銭で、甲府駅発が5時から16時30分まで、御嶽発が9時から17時30分まで11往復のバス便があったようです。


━仙娥瀧(御嶽昇仙峡)━
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吉田初三郎の描く仙娥瀧の図です。秋の風景が描かれています。


━昇仙峡案内━
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 前述の観光リーフレット発行から数年が経過した時期における、同じ御嶽自動車発行の昇仙峡案内の観光リーフレットです。形式の小型化や一色のみを使用している状況に、戦時中の空気がボンヤリと感じられます。


━東京鉄道局主催の昇仙峡への日帰り団体の募集チラシ━
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 年代を特定するのは困難ですが、ちょうど今頃の時期に「もみぢと渓谷美の昇仙峡へ」と日帰り団体を募集するものです。


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by kaz794889 | 2008-10-29 22:57 | 甲斐の秋色 | Comments(0)
2008年 10月 28日

絵葉書で見る山梨 12

━甲府八景 山梨県庁ヨリ常盤町通リ━
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 藤村式建築により、明治10年に建設された山梨県庁正門前です。
 昭和5年に現在の県庁旧館が建てられるまで、山梨県庁は現在の甲府市役所南庁舎(旧甲府郵便局のあった場所)の位置にありました。
  通りの右側は、錦町交差点です。市役所と甲府警察署の間の常盤町通りを西方向から東方向に向けた明治30年代後半の景観です。
 
 絵葉書に写る木々は桜です。明治36年6月、中央線甲府駅開業を期に、旅行者向けに山梨時報社が発行した『甲州案内』という本に、「県庁前の桜花」という見出しで「春時は万朶の桜花爛漫其色を争ひ庁前之れが為めに一層の風致を添ふ」と記されています。
 この附近は甲府市内の桜の名所だったのでしょう。

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by kaz794889 | 2008-10-28 23:35 | 絵葉書で見る山梨 | Comments(0)
2008年 10月 27日

甲斐の秋色 『紅葉の富士五湖』

━天下の絶景 富士北麓の五湖━
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 富士山麓電気鉄道の前身である、富士電気軌道が発行した富士五湖観光のリーフレットです。画面では小さく非常に見難いですが、同社の鉄道路線と富士五湖や北麓の観光地をの当時流行した鳥瞰図で描いています。


━紅葉の富士五湖━

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 富士山麓電気鉄道(現在の富士急行)が発行した、昭和初期の観光リーフレットです。
 その中で富士五湖の秋色と題して、「富士五湖ま大観は富士山とともに我国の風光を世界に代表するものであります。従ってその探勝には四季それぞれの興趣はありますが、一年を通じて最も特色を発揮するのは、何と云っても秋色こまやかなる今日此頃の眺めであります。」と記しています。
 
 昭和9年当時、東京から河口湖に行くには、新宿から大月まで中央本線で2時間(1円22銭)、大月から富士吉田まで富士山麓電鉄で1時間(70銭)、富士吉田から船津(河口湖)まで乗合自動車で10分(20銭)を要したようです。

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by kaz794889 | 2008-10-27 23:10 | 甲斐の秋色 | Comments(0)
2008年 10月 26日

機山館と山梨県教育会館

━甲府城の木版画━
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 明治39年11月22日23日の両日、甲府城内で開催された、第二回日本赤十字社山梨支部総会を記念して配布された木版画です。左側の二階建て洋館が機山館です。
 総会開催直前まで、一府九県連合共進会が開催(明治39年10月1日~11月10日)されていたため、その際の一部陳列館や模擬天守閣は、そのままの状態で総会の来賓者に供覧させていました。その際の景観を木版画にしたようです。

【機山館】
━東宮殿下甲府行啓御滞泊所機山館━
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 機山館は市町村及び民間有志の出資する財団の事業として工事が進められ、明治39年9月に甲府城内稲荷曲輪(以前、青少年科学センターのあった場所)に公会堂として完成しました。
 また、明治45年3月に東宮殿下(後の大正天皇)が山梨に行啓された際には、御滞宿所としても使われました。その後、大正6年に建物が山梨県有となり、山梨県公会堂として多くの文化イベント等に使用されてきたようです。

━甲府舞鶴城跡之公園━
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 壕に架かる遊亀橋から北方向の景観です。機山館が甲府城内に建っていた頃はこのような景観だったのでしょう。現在は同じ方向に、近年完成した高層マンションを見ることができます。

━山梨県教育会館━
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━大講堂━
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 昭和6年11月の通常県会において、機山館(木造洋風二階建、建坪約220坪)を公会堂として廃止し、山梨県教育会に教育会館として使用させるために建物を無償譲渡する。
 また、教育会館として建物の使用を止める場合は、山梨県に無償還付する。といった議案が上程され、起立多数で可決されました。
 なお、甲府城内の現在地では教育会館として使用するには不適当であるため、相当の修繕・改造を加え、新たに県庁構内に移築することとし、昭和7年9月に新たに県庁構内(現在:県庁本館の建つ場所)に移築しました。
 これは、移築後の山梨県教育会館とその内部(二階の大講堂)です。
 
【その後の教育会館】
 移築後、数年が経過した昭和13年2月2日未明、風速5m余の強風の中、甲府駅前(甲府市橘町1番地)の2階建共同アパートの一室、炬燵附近から出火し、全焼24戸、半焼3戸、破壊10戸の甲府駅前大火がありました。
 火事も一旦は鎮火し、消防も引き上げ作業を行っていた午前5時頃、教育会館に火が飛び火し屋根裏から燃え上がり、それに気づいた時には既に火勢が早く、機山館を永く記念する教育会館は烏有に帰し全焼しました。

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by kaz794889 | 2008-10-26 20:42 | 史料 | Comments(3)
2008年 10月 25日

絵葉書で見る山梨 11

【(甲府三大銀行の内)若尾銀行】
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 若尾銀行は、若尾家の機関銀行として、若尾逸平により明治26年5月16日に設立しました。
 銀行本店は、当初甲府市山田町13番地(現在:甲府市中央2-12、NTT甲府支店の裏側、山田町通りに面している場所)にありましたが、明治38年10月に本店を甲府市八日町1番地(現在:甲府市中央2-12-18、NTT甲府支店の正面入口の場所)に新築しました。これが絵葉書の建物です。(絵葉書は明治40年代の景観です。)
 その後、若尾銀行は金融恐慌の影響等から第十銀行に昭和3年4月に買収され、本店建物は4月1日から第十銀行八日町支店となりました。
 なお、甲府三大銀行は、第十、有信、若尾の三銀行です。

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by kaz794889 | 2008-10-25 19:36 | 絵葉書で見る山梨 | Comments(2)
2008年 10月 25日

『松林軒百貨店』

【株式会社甲府ビルテ゜イング】
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 昭和初期の金融恐慌以降、百貨店などの新たな小売業態として、松坂屋、三越、松屋、高島屋、白木屋などの県外百貨店が数回に渡り、甲府において出張販売を行うなど、活動が活発になりました。こうした状況は、県外百貨店が甲府を地方都市として好望の地であると目論んでいるということから、市内の小売業者にとっては、その影響は小さくなかったことから、こうした県外百貨店の進出を食い止めるための共同店舗施設が計画された結果、『株式会社甲府ビルデイング』が県内有力者を中心に昭和5年12月に設立されました。

【ビルの建設】
 昭和6年2月、森田組、飛島組、木田組、大林組などによる入札の結果、大林組が落札し、同年3月22日より建設に着工し、昭和7年4月頃に建物の外装はできたものの、経済不況による資金計画の不具合から、昭和11年頃まで債権問題による扮装のため立ち行きがままならない状態が続いたことから、ビル隣接地の菓子舗松林軒がこの建物を引き継ぎ、山梨県内最初の本格的百貨店として昭和12年10月2日に松林百貨店が開業しました。


【松林軒百貨店】f0191673_7492027.jpg

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 松林軒百貨店は、地上6階・地下1階、売場面積5000㎡、5階に大食堂、6階にホールや催事場を設けるなど、当時の甲府における高層の大店舗でした。
 しかし、昭和20年7月の甲府空襲で外観を残して焼失し、その姿が写った写真は甲府空襲のシンボル的な姿として今も多くの人々の記憶にあると思います。
 昭和29年には、浜松市に本店を置いた松菱百貨店の系列として、甲府松菱として営業していましたが、山梨交通が国際興業の系列となった際に、甲府松菱が買収されるとともに、売場面積増設と甲府駅前への移転を行い、店名も山交百貨店と改称されました。
 その後、松林軒百貨店ビルは総合娯楽ビルとして、甲府会館の名称となり近年まで現役のビルとして使われてきましたが、老朽化に伴い取り壊され、その跡地にはホテルが建てられています。

「松林軒喫茶部のメニュー表」
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「屋上7階部分にあった写真部の案内」
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━甲府名所 桜町通り━
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 桜町通りを南側から北方向の景観です。通りの左側に甲府桜町郵便局、右側には永井呉服店、芦沢漆器店など、二階建て程度の店舗が並ぶ中で、左側の松林軒百貨店は、その大きさが際立っていたことが分かります。

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by kaz794889 | 2008-10-25 18:18 | 百貨店 | Comments(1)
2008年 10月 25日

絵葉書で見る山梨 10

【甲府市八日町通り】
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 NTT甲府支店西の交差点から東方向の景観です。
 この道路は甲州街道であり、ちょうどこの辺りが甲府市街の柳町宿への入口に当たります。
 道路中央は、甲府から石和を結んだ山梨軽便鉄道の鉄道馬車軌道です。
左側の洋館は若尾銀行ですが、この場所には現在NTT甲府支店が建っています。
 街道の両脇には呉服店や菓子店などの商店が建ち並ぶ、明治40年代の甲府八日町の町並みです。

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by kaz794889 | 2008-10-25 00:08 | 絵葉書で見る山梨 | Comments(3)
2008年 10月 23日

甲府城の景観

【壕に架かる橋】
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 ここは、甲府市社会教育センターから北側の甲府城を見た景観です。
 今では、石垣は見えるものの何の変哲もない石垣沿いの道路ですが、昭和に入って石垣や壕が潰され、残された現在の範囲での甲府城跡となる以前は、左側に写る駐車スペースの先まで壕が残されており、北側に続く道路のための橋が架かっていました。
  壕はその橋の先まで続いており、現在、この道路の右側に北側に向かって建ち並ぶ建物の場所には壕の跡が続いていました。

━(甲府名勝)舞鶴城公園及機山館━
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  前述した明治40年代の景観です。
  左側まで壕が続き、その上に橋が架かっており、その先には更に壕の跡が残っています。
  左側の建物が明治39年に竣工した機山館です。同年に開催された一府九県連合共進会
に 併せて、公会堂として建設され、その名称は武田信玄の号である「晴信入道機山」に因んで
います。機山館については日を改めて紹介させていただきます。

━甲斐甲府市の全景━
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 甲府城内の石垣側から南側、壕と甲府市社会教育センター方向の景観です。
 壕の左側に架かるのが前述した橋です。また、右側の橋は同じ位置に新しい橋が現在も架かる遊亀橋。壕沿いの瓦葺で横長の建物は進徳幼稚園です。その場所に甲府市社会教育センターが建てられています。(中央の寺院風の建物は天理教。その右側の洋風建築が甲府教会です。)

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by kaz794889 | 2008-10-23 23:26 | 甲府城 | Comments(1)
2008年 10月 22日

絵葉書で見る山梨 9

【(甲府名所)駅前通り】
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 正面は甲府駅です。昭和初期頃の景観と考えられます。
 明治36年に中央線甲府駅が開設された際、従来からの道(左側の道)に加えて甲府駅正面に真っ直ぐに突き当たる右側の道が新たに作られたため、正面の建物を頂点として左右に道が広がる、いわゆる駅前三角地帯が生まれました。
  駅前三角地帯に建っていた建物は昭和20年の甲府空襲で焼失し、終戦後、その場所には飲食店街が生まれましたが、甲府市の戦災復興都市計画により昭和24年頃に強制撤去され、現在の駅前広場の一角となっています。
  なお、正面向きの建物は甲府橘町郵便局ですが、甲府空襲で全焼したため終戦後廃局となりました。局舎の後方には土産物店、食堂、西柳屋(旅館)などが建てられていたようです。

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by kaz794889 | 2008-10-22 22:22 | 絵葉書で見る山梨 | Comments(1)