カテゴリ:太宰治と甲府( 4 )


2014年 10月 26日

太宰治と甲府 4 【御崎町の太宰治碑】

【御崎町の太宰治碑】
f0191673_14414816.jpg 昭和14年1月6日に太宰治は甲府市竪町93番地の寿館から、石原美知子との結婚後の新居となった同市御崎町56番地の建築請負業、穐山浅次郎の貸家に転居し、同年9月1日に東京府北多摩郡三鷹村下連雀113番地(現在の東京都三鷹市)の借家に転居するまでの8か月居住している。
 御崎町の太宰治記念碑(甲府市朝日5-8-11)は御崎町56番地の一角に平成元年6月11日に建立されている。
















【太宰治碑建立記念冊子】
f0191673_14421960.jpg 「太宰治僑居跡」と刻まれた御崎町の太宰治碑は、約400名からの募金によって集められた資金により建立され、平成元年6月11日に除幕式が行われている。
 写真の冊子は記念碑建立を記念して序幕式当日に配布されたものである。



























【昭和10年代の甲府市御崎町の地籍図】
f0191673_14423385.jpg 御崎町56番地(青字で囲んだ位置)は、旧制甲府中学校(現在の山梨県立甲府第一高等学校)に通ずる道に面しており、同番地右側の交叉点を北上すると甲府陸軍病院、歩兵第49連隊など陸軍の施設が置かれていた。




















【現在の御崎町56番地】
f0191673_14415826.jpg 記念碑後方の一画が御崎町56番地であり、写真に写るレンガ敷を進んだ奥に太宰が居住した借家が建てられていた。























にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ ブログをご覧いただきありがとうございます。峡陽文庫のブログ運営の励みとなります、ご覧の都度1日一回、左の『「山梨情報』をクリックいただけますようお願いいたします。

by kaz794889 | 2014-10-26 15:39 | 太宰治と甲府 | Comments(0)
2013年 06月 16日

太宰治と甲府 3 【甲府市竪町 寿館】

【甲府市朝日5丁目 寿館跡附近の地図】
f0191673_1544386.jpg
  昭和13年11月16日、石原美知子と婚約した太宰治は、これまでの滞在先であった御坂峠の天下茶屋から甲府市竪町93番地の「御下宿 壽館」に転居している。
  なお、竪町93番地は、昭和37年の住居表示変更により朝日5丁目と変更されている。



【昭和10年代の甲府市竪町寿館附近の地籍図】
f0191673_14555475.jpg
  太宰治の下宿先である寿館は竪町の西側の端にあり、小路を挟んだ北側は白木町、西側は元三日町、南側は朝日町といった場所に位置していた。




【昭和10年代の清運寺】
f0191673_1438498.jpg
  清運寺は寿館の西側にある日蓮宗の寺院であり、写真は上記地籍図の①の位置附近を北側から写したものである。
  左側に写る人物の前に建つ建物が寿館と思われる。




【現在の同位置】
f0191673_14383567.jpg
  清運寺は昭和20年7月の甲府空襲で堂宇を焼失しているものの、道筋は当時の景観が残されている。




【昭和10年代の妙詮寺山門】
f0191673_1440242.jpg
 寿館の北側にも、日蓮宗寺院妙詮寺がある。写真は昭和10年代の同時の山門であり、当時は上記地籍図の②の位置にあった。




【現在の同位置】
f0191673_14403717.jpg
 同寺も甲府空襲で堂宇を焼失している。終戦後、本堂の再建にあたり、工事車両の出入りの関係から、境内への入り口は東側に移動している。




【現在の題目塔】
f0191673_1441747.jpg
  上記地籍図の③の位置に境内への出入り口を移動するとともに、山門前にあった題目塔もこの場所に移設している。




【壽館から眺めた清運寺】
f0191673_1441401.jpg
  上記地籍図の④の位置にあった寿館の二階から白矢印方向である北西側を写した写真である。  
  太宰治が下宿した寿館は、石原美知子の母親である石原くらが見つけた下宿先であり、菊島氏が経営していた。
  太宰の書簡などでは寿館の住所は「甲府市西竪町93番地」となっているが、当時の竪町は町域の中間あたりに商店街として発展していた朝日町通りが南北に通っていたため、その通りを境に西側町域を西竪町と通称していた。
  また、番地については、地籍図上においては「竪町95番地」に位置するが、当時の住居表示上は竪町93番地とされていたようである。
  写真に写るいずれの建物も甲府空襲で焼失しているが、名取家墓所は現在も清運寺の墓域内に残されている。





にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ ブログをご覧いただきありがとうございます。峡陽文庫のブログ運営の励みとなります、ご覧の都度1日一回、左の『「山梨情報』をクリックいただけますようお願いいたします。

by kaz794889 | 2013-06-16 16:17 | 太宰治と甲府 | Comments(1)
2012年 01月 29日

太宰治と甲府 2 【御崎町の借家と煙草店】

 「御崎町は寿館のある町よりも、もっと北に寄っていて文字通りの町はずれである。昭和十四年の一月早々、風の強い日に太宰は寿館から、この町の小さな借家に移った。」津島美知子著『回想の太宰治』(昭和53年5月20日・人文書院刊)
 昭和14年1月8日に井伏鱒二夫妻の媒酌により東京杉並の井伏宅で挙式した太宰修と美知子(旧姓:石原美知子)は、甲府市御崎町56番地の間取りが八畳、三畳の二間、家賃が六円五十銭の借家で新生活を始め、三鷹に転居する同年9月1日まで甲府に居住していた。
 新居は御崎神社や甲府中学(現在の山梨県立甲府第一高校)が面する道路の少し北側に位置しており、御崎町は甲府四十九連隊や甲府陸軍病院などがすぐ近くにある町であった。


【甲府煙草小売人組合 組合員名簿】f0191673_1620440.jpg

 「酒屋、煙草屋、豆腐屋、この三つの、彼に不可欠の店が近くに揃っていてお誂え向きだと、私の実家の人たちにひやかされたが、ほんとにその点便利よかった。」『回想の太宰治』
 甲府煙草小売人組合の組合員名簿(昭和14年5月現在)によると、太宰治にとって必要不可欠な店の一つである御崎町の新居近くにあった煙草屋は、御崎町60番地(現在:甲府市朝日5-10-7)で原田親平が営業していた店である。




【御崎町の煙草店跡】
f0191673_1619533.jpg


 御崎町60番地は写真左側の中料理店の場所であり、正面の道を80m程進んだ左型が御崎町の借家である。
 また、右側の駐車場になっている場所で、昭和初期から47年頃まで分部豆腐店が営業していた。


にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ ブログをご覧いただきありがとうございます。峡陽文庫のブログ運営の励みとなります、ご覧の都度1日一回、左の『「山梨情報』をクリックいただけますようお願いいたします

by kaz794889 | 2012-01-29 16:31 | 太宰治と甲府 | Comments(0)
2011年 08月 22日

太宰治と甲府 1 【東洋館と新ハムレット】

【新築当時(昭和6年9月頃)の東洋館】
f0191673_2112040.jpg


 東洋館は春日通りに面した甲府市錦町18番地(現在の甲府市中央1-6-3)で営業していた温泉旅館であり、昭和6年の秋に写真の本館が新築落成している。
 太宰治は甲府市水門町の石原美知子と昭和14年1月に結婚し、甲府市御崎町56番地に新居を構え、同年9月に三鷹に転居している。
 太宰治は最初の書き下ろし長編小説である『新ハムレット』(昭和16年7月、文芸春秋社刊)の執筆を昭和16年2月から始め、静岡市三保の「三保松原の突端の、白い灯台の下の宿屋です。」と山岸外史あての葉書に記した、三保園で同月19日から月末まで執筆に取り組んでいたが、執筆の進捗が芳しくなかった気分一新のためか、4月5日に井伏鱒二と甲府に行った際、東洋館に滞在し「新ハムレット」の執筆を続け5月末に完成させている。
 なお、昭和16年4月9日の消印で、「甲府市錦町東洋館内」を住所として太宰治が山岸外史に宛てた葉書には「甲府では、どうも酒を飲む機会も多く、仕事が思ふやうに、はかどりません。甚だ心細く、淋しい気持であります。」と記している。

【昭和30年頃の甲府温泉郷略図】
f0191673_21191590.jpg
 昭和30年頃の甲府温泉郷の略図である。
 太宰治が東洋館に滞在していた昭和16年頃には営業していなかった旅館もあるが、市街地に所在する旅館の殆どは戦前期から営業している。
 東洋館は略図にある「⑪」の場所である。




【現在の東洋館跡①】
f0191673_2115617.jpg


 東洋館のあった場所の現在の様子である。
 黄色の看板の先が東洋館の位置であり、かつての敷地には居酒屋等が入居する「東洋館ビル」が現在は建てられている。

【現在の東洋館跡②】f0191673_2121845.jpg




にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ ブログをご覧いただきありがとうございます。峡陽文庫のブログ運営の励みとなります、ご覧の都度1日一回、左の『「山梨情報』をクリックいただけますようお願いいたします

by kaz794889 | 2011-08-22 22:29 | 太宰治と甲府 | Comments(0)