カテゴリ:商店の包装紙( 21 )


2012年 03月 04日

商店の包装紙11 『中込呉服店』

【中込呉服店の包装紙】
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 中込呉服店は甲府市橘町18番地(現在:丸の内1-8-5)で営業していた呉服店である。
 この場所は、山梨県庁舎がこの一画(甲府中学の跡)に新築移転するまで、甲府城追手門の西側に位置あたる堀であり、県庁舎の新築移転に伴い埋め立てられた場所である。


【中込呉服店の店舗】
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 戦前期の中込呉服店の店舗である。


【以前の中込百貨店跡】 
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 終戦後、中込呉服店は中込百貨店となり、戦前期と同じ場所で営業していた。
 その後、終戦後に建てられた旧店舗が取り壊され、デパート形式の「アーバン中込」として写真の建物で営業されていた。
  その後、この建物は「西友」、「甲府西武」、「県民情報プラザ」となっている。


【現在の中込百貨店跡】
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 建物が山梨県の所有となり、県民情報プラザとして使用された後、この場所に防災新館が建設されることとなり、現在は建物が取り壊され、防災新館の新築工事が進められている。 


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by kaz794889 | 2012-03-04 13:36 | 商店の包装紙 | Comments(0)
2011年 07月 09日

商店の包装紙10 『柳正堂』

【柳正堂の包装紙】
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 柳正堂は嘉永7年に創業し、甲府柳町に明治16年に店舗を構えて営業を継続してきたが、甲府市中心部の空洞化と旧甲州街道である店舗前の県道拡幅工事を契機に、100年以上営業を続けた由緒ある場所での営業を平成22年7月に終え、現在は甲府市内の他の店舗で営業を継続している。
 この包装紙は昭和初期の包装紙しと思われる。
 図書、雑誌、文房具とあるが、スキー用品や登山用具など多彩な商品を扱っていたようである。

【現在の柳正堂跡】
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 旧店舗の北側交差点を中心とした一帯の道路が拡幅されることから、周辺の古い店舗が次々と解体されている状況である。
 旧店舗跡は、現在時間貸しの駐車場となっている。

【柳正堂営業部発行の絵葉書】
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 柳正堂購買部発行の明治42年頃のエンボス加工がされた絵葉書である。
 当時の店舗正面と店舗内に本が陳列された風景が写されている。陳列の写真の傍らには「山梨県国定教科書特約販売所」の札が掲げられている。

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by kaz794889 | 2011-07-09 19:24 | 商店の包装紙 | Comments(2)
2011年 05月 22日

商店の包装紙9 『冨士彦』

【戦前期における冨士彦の包装紙】
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 相生町通りと柳町通りがT字路となる突き当たりで、鰹節、海苔、缶詰、結い納品等を取り扱う商店である、「冨士彦」が使用していた戦前期の包装紙である。

【現在の冨士彦】
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 冨士彦は創業地と同じ場所で現在も営業を続けている。

【明治30年代の冨士彦石原本店】
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 石原本店として鰹節、海苔、缶詰等の商品を扱う他、質屋業を兼ね屋号を冨士井屋と号し、坊間「ふじひこ」と称されていた。

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by kaz794889 | 2011-05-22 16:18 | 商店の包装紙 | Comments(0)
2011年 05月 04日

商店の包装紙8 『岩田商店』

【岩田商店の昭和初期の包装紙】
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 岩田商店は甲府市柳町103番地(現在の甲府市中央2-12-20)で海苔、鰹節、乾物などを営業品目としていた商店である。

【現在の岩田商店跡】
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 柳町と甲州街道が交わる角(北東側)が店舗のあった場所である。

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by kaz794889 | 2011-05-04 06:57 | 商店の包装紙 | Comments(0)
2011年 04月 24日

商店の包装紙7 『澤田屋』

【澤田屋の包装紙】
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 澤田屋は明治40年の大水害を機に、江戸後期から代々菓子卸売業を続けてきた石和の地から甲府に移転している。
 明治44年に甲府市桜町38番地(甲府市中央4-3-24、現在の中央店の場所)において、生菓子の製造小売りを始めたことが澤田屋の始まりである。

【甲府市 澤田屋菓子店発行の絵葉書】f0191673_22434265.jpg


 昭和9年には、写真の蔵造り店舗から、三階建てのビルが新築され、洋菓子の製造とレストランを開店させている。
 その後、昭和19年の企業整備令の施行により店舗閉店のやむなきに至るとともに、翌年7月の甲府空襲により店舗は焼失している。

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by kaz794889 | 2011-04-24 23:00 | 商店の包装紙 | Comments(0)
2011年 03月 13日

商店の包装紙6 『松林軒』

【松林軒の包装紙①】f0191673_15171266.jpg



【松林軒の包装紙②】
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 大正15年に松林軒の新店舗が建設された頃の包装紙である。
 新店舗は一階で菓子類、二階で生活用品、三階は松林軒喫茶部として営業していた。



【松林軒喫茶部のメニュー①】
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【松林軒喫茶部のメニュー②】f0191673_15181927.jpg





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by kaz794889 | 2011-03-13 15:25 | 商店の包装紙 | Comments(0)
2011年 01月 22日

商店の包装紙5 『内藤呉服店』

【甲府市桜町・内藤呉服店の包装紙】f0191673_17362682.jpg


 内藤呉服店は初代内藤友五郎が明治20年に甲府市三日町の実家である、兄の古着商、内藤忠右衛門宅にて呉服行商として創業している。
 その後、明治27年に甲府市桜町23番地に転居し、この年の5月には太物商を開始している。その後、明治45年5月に甲府市桜町31番地に転居している。
【明治36年頃の内藤呉服店】
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 甲府市桜町23番地時代の内藤呉服店である。
【内藤呉服店発出の大正14年の年賀状】
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 大正14年に内藤呉服店が得意先に発送した年賀はがきである。



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by kaz794889 | 2011-01-22 18:05 | 商店の包装紙 | Comments(0)
2011年 01月 02日

商店の包装紙4 『おふどう 大木呉服店』

【おふどう 大木呉服店の包装紙①】
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【おふどう 大木呉服店の包装紙②】
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【明治42年正月初売り出しのDM】
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 大木呉服店の経営者である大木家は、初代大木彦右衛門が寛文年間に甲府に移住し「井筒屋」を屋号とする呉服商を営み、甲府横近習町で代々の家業として継承していた。
 天保年間に五代目喜右衛門が「井筒屋」の屋号を「おふどう」に改称し、昭和の戦前期まで呉服商を営んでいた。
 店舗は横近習町11番地のほかに桜町35番地(桜町通り沿い)に支店を有していた。


【甲府市横近習町11番地の「おふどう 大木呉服店」】
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 横近習町にあった呉服店の店舗と住宅である。
 甲府空襲においてもこの建物は罹災を免れ、九代目当主が没した後の平成3年に取り壊され、現在は土地の所有者も変わり駐車場となっている。

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by kaz794889 | 2011-01-02 20:57 | 商店の包装紙 | Comments(2)
2010年 12月 31日

商店の包装紙3 『岡島呉服店』

【甲府柳町 岡島呉服店の包装紙①】
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 岡島呉服店は岡島茂兵衛が先代の定右衛門が築いた茶商を基盤とした呉服・両替商として甲府柳町(現在:甲府市中央2-13-4)に天保14年に開業し、明治5年には三代目の岡島定右衛門が呉服専業に踏み切り、店名を大黒屋・岡島呉服店としている。
 その後、親族により岡島洋品店、岡島洋服店の経営が分担されていたが、両店は岡島呉服店に統合され、大正11年には将来の百貨店を意識した総陳列方式による売場とした店舗(包装紙①に写る店舗)を新築している。

【甲府柳町 岡島呉服店の包装紙②】
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【岡島呉服店 冬の御案内】
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 大正11年から昭和12年7月までの岡島呉服店の店舗である。

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by kaz794889 | 2010-12-31 16:21 | 商店の包装紙 | Comments(0)
2010年 12月 25日

商店の包装紙2 『牡丹亭 満壽太』

【甲府八日町 牡丹亭 満壽太の包装紙(部分) ①】f0191673_926441.jpg


 甲州みやげに何もろた…と、近在一円で名の知られた有名店であった「牡丹亭満壽太」は、牡丹亭金升、通称「升屋」と当初は称していたが、文政期の当主であった太郎右衛門の時代、親交のあった七代目市川団十郎との交流関係などから、升屋の店名を「牡丹亭満壽太」と改名している。
 また、牡丹亭満壽太は升屋時代の享保8年に、砂糖を煮つめていた最中に、葡萄の粒が偶然その鍋の中に落ちた際に生まれた菓子である「月の雫」由来の菓子舗でもある。 

【甲府八日町 牡丹亭 満壽太の包装紙(部分) ②】
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━甲斐甲府市 八日町通り━
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 右側に写る、荷車が店先に置かれた店舗が大正期の「満壽太」である。
 奥に写る洋館はNTT甲府支店の位置にあった若尾銀行である。牡丹亭満壽太は現在の城東通りに面した場所(甲府市中央2-12-15)に位置していた。

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by kaz794889 | 2010-12-25 11:09 | 商店の包装紙 | Comments(0)