カテゴリ:橋( 5 )


2013年 08月 17日

重川橋

【新重川橋】
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  中央本線 山梨市駅前と国道411号線(旧国道20号線:甲州街道)を結ぶ県道山梨市停車場線の重川橋が新たに建設され、本年6月18日に開通式が行われた。
  新たな重川橋は長さ156m、車道の幅員が2車線合わせて6.6m、両側に付設された歩道を含めると14m前後の橋梁であり、親柱は旧橋の親柱を改修したものを使用している。




【旧重川橋と新重川橋】
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  新たな橋梁とともに、橋の北側の重川橋北交差点と南側の市道西条松畑線交差部間、約520mの新道が付設されたため、当該区間におけるこれまでの県道も新たに付け替えられている。
  写真に写る軽自動車に向かう道路が旧重川橋南側の旧道部分であり、軽自動車の先が旧重川橋である。




【旧重川橋 ①】
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  旧重川橋は架橋から77年が経過し老朽化が著しく。また、旧重川橋と旧道の車道は幅員4.5mであり、大型車同士の擦れ違いも困難であったことから、平成18年度から事業が着手されていたものである。




【旧重川橋 ②】
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  旧重川橋の架橋については、昭和9年11月の通常県会に「重川橋ハ腐朽甚ダシク架替ノ急ヲ要スルコトハ県当局ニ於テ認定セラレタルモ・・・」を理由に複数の県会議員から至急の架替を要望する旨の「重川橋架替ニ関スル件」との意見書が提出されており、こうした経緯を経て、昭和11年11月13日に竣工し同年11月27日に渡初式が行われている。




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by kaz794889 | 2013-08-17 17:00 | | Comments(0)
2013年 06月 30日

勝沼葡萄郷  祝橋

【祝橋をモチーフとした絵葉書のタトウ】
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  中央本線が甲府駅まで開通した明治36年から10年後、大正2年に勝沼駅(現在:勝沼ぶどう郷駅)の新設された翌年、大正3年に勝沼駅と祝村を結ぶための大動脈として架けられたのが祝橋である。
  昭和5年に3代目として架橋された祝橋は、絵葉書のタトウとして描かれているように、美しいアーチ橋であり、メガネ橋の愛称で親しまれた観光名所でもあった。




【現在の祝橋】
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  大正3年に架橋された2代目祝橋の老朽化に伴い、橋長58.6m、幅員5m、路肩1mのコンクリートアーチ橋は、総工費40,458円をかけて昭和5年に竣工し、半世紀以上に渡って使用され、平成9年5月29日に国の登録文化財として登録されている。




【現在の祝橋】
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  交通量の増加、大型化、重量化等の要因により、昭和60年に橋長153m、幅員12m、高さ20mの新祝橋が、祝橋の下流脇に架けられたため、祝橋の道路橋としての役割は終わり、現在は歩行者専用橋となっている。




【(甲州 祝村) 祝橋ヨリ岩崎葡萄園ヲ望ム】f0191673_1532055.jpg
  写真は2代目の橋として大正3年に架けられた吊り橋の祝橋であり、この架橋により祝村と勝沼駅が直結している。
  明治初年に架けられた初代祝橋も木造吊り橋であったという。




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by kaz794889 | 2013-06-30 15:56 | | Comments(0)
2013年 04月 13日

一宮橋

【一宮橋】
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  甲斐一宮浅間神社の西側を流れる御手洗川に架かる橋が一宮橋である。
  写真の左側が浅間神社の社叢であり、この道は山梨県道303号市之蔵山梨線として同神社随神門前を東西に通じている。



【一宮橋 全景】
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  橋の両側にある親柱に建設年代が刻まれていないため建設年は不明であるが、山梨県内における唯一の官・国幣社であった国幣中社浅間神社の門前を貫く県道に架かる橋梁として建造されている。



【昭和初期の一宮橋】
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  昭和初期の一宮橋の全景である。
  現在はすべて撤去されているが、親柱の上には擬宝珠が設置され、橋の欄干の上下にも装飾がなされている。
  また、当時の橋の東側に点在する住宅の屋根は茅葺となっている。




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by kaz794889 | 2013-04-13 17:09 | | Comments(0)
2011年 03月 21日

東洋一の吊り橋 身延橋

【現在の身延橋】

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 身延町の丸滝、大野間の富士川に昭和47年に架橋された現在の身延橋

【身延橋 其一】f0191673_202049.jpg


【身延橋 其二】f0191673_20202718.jpg
 大正9年5月18日に富士身延鉄道(現在のJR身延線)が身延駅まで開通後の大正12年8月18日に同社が架橋した、長さ232.6m、幅4.5m、工費50万円の身延橋は、当時東洋一の吊り橋と云われていた。
 また、身延橋は片道料金として、一般10銭、自動車30銭、馬力15銭、人力車10銭を徴収した山梨県最初の有料橋であった。
 昭和16年5月1日に富士身延鉄道が1960万円で国に買収されると、身延橋は山梨県に移管され、7月1日から無料となった。
 その後交通量の増大により昭和45年11月に架け替え工事が着工され、昭和47年に現在の橋が完成している。



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by kaz794889 | 2011-03-21 20:45 | | Comments(0)
2010年 08月 26日

亀甲橋

【亀甲橋】
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 山梨市の日下部地区と八幡地区を結ぶ道路中、笛吹川に架けられているのが亀甲橋である。
 現在の亀甲橋は三代目の橋梁として、長さ102.7m、幅員4.6mの三連アーチ橋として昭和8年10月に竣工、架橋されたものである。

【亀甲橋、日下部地区側の親柱】
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━差出之磯━
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 明治初年まで秩父往還は、上万力地区から差出の磯の裏を山越えして八幡地区に抜けていたため、この附近における経路は非常に不便な状態であったため、明治8年から翌年にかけて、差出の磯の切りさげ工事が行われた。
 この際、差出の磯から笛吹川をまたいで日下部地区に至る橋が建設され、長さ62間、幅員3間1尺5寸、総工費10,995円の木橋として、明治11年8月30日に竣工したのが、写真の初代亀甲橋である。

━(甲斐国) 差出の磯━
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  長さ61間、幅員2間のアーチ型木橋として明治44年4月3日に完成した2代目の亀甲橋である。

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by kaz794889 | 2010-08-26 13:43 | | Comments(0)