カテゴリ:藤村式建築( 3 )


2010年 10月 23日

旧室伏学校校舎

【旧室伏学校校舎・牧丘郷土文化館】
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  旧室伏学校校舎は明治8年に、いわゆる藤村式建築である擬洋風建築の校舎として建設され、翌9年に室伏学校として開校しており、その規模は南北・東西ともに12.6m(9間)の正四角形、木造2階建であり、他の藤村式建築の学校と比較し極めて簡素に造られ、そこが大きな特徴となっている。
 また、この校舎は現在の場所から南西に460mの場所に建てられていたものであるが、平成14年度、山間地域整備事業により、道の駅の一画であるこの場所に平成15年3月に移築され牧丘郷土文化館として運営されている。

【旧室伏学校・牧丘郷土文化館】
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 旧室伏学校校舎は昭和51年3月30日に旧牧丘町の文化財として指定され、現在も合併後の山梨市の指定文化財となっている。

【牧丘郷土文化館の平面図】
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 明治9年に室伏学校として開校したこの校舎は、諏訪尋常小学校(明治18年)、室伏尋常小学校(明治26年)、諏訪高等小学校の併設(明治43年)を経て、昭和8年に室伏尋常小学校は廃校となっているが、廃校後、校舎は室伏地区公会堂として使用された後、日川高校諏訪分校(昭和24年)、山梨高校諏訪分校(定時制)(昭和25年から29年)、牧丘第一保育所(昭和36年)、養蚕場(昭和37年)、室伏公民館(昭和47年)として使用されてきたものであり、室伏地域の住民からは、その形状から「インキ壺」の愛称で呼ばれ親しまれた建物である。
 また、旧室伏学校校舎は、愛知県犬山市の博物館明治村への移築が取りざたされたこともあったが、昭和44年に取りやめとなっている。




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by kaz794889 | 2010-10-23 08:57 | 藤村式建築 | Comments(0)
2010年 10月 03日

旧尾形学校校舎

【旧尾形学校校舎】
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 旧尾形学校は明治10年5月に設立し、翌11年5月に校舎が竣工しており、その際に竣工した校舎が写真の建物である。
 擬洋風建築として建てられた、いわゆる藤村式の校舎であり、昭和50年3月17日に「旧尾形学校校舎」として、山梨県指定の文化財として指定されている。
 建物は間口、奥行きともに7間(12.7m)の正方形であり、延べ床面積331.86㎡の木造2階建である。
 現在の建物は昭和48年12月に復元工事が完了したものであり、屋根が亜鉛鉄板葺、外壁は白壁造りとなっているが、かつては、屋根は板葺き、外壁は下見板張であり、2階の前面のみが白漆喰塗りとなっていた。
 また、尾形学校は明治10年の設立後、尾形尋常小学校となり昭和16年3月31日に禾生尋常高等小学校に併合されることとなり、同年4月1日から禾生国民学校となり、それ以降、この校舎は地域の集会所や青年団、消防組が使用するなどしてきたが、昭和45年に都留市指定文化財となり、同48年に約半年にわたる復元工事を行い、尾形郷土資料館として開館し、同61年には教育史料を中心とした館内展示に改められ、現在に至っている。 

【旧尾形学校校舎】
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 旧尾形学校校舎は稲村神社に隣接した場所に建てられており、学校の敷地は元々、稲村神社の境内であったが、学校用地として内務省からの払下げを受けたものである。
 また、学校の運動場はかつて校舎正面左側に設置されていたが、現在は民有地となり住宅が建てられている。

【尾形郷土資料館としての平面図】
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 平成2年3月28日に都留市指定文化財となった「旧尾形学校文書」は、旧尾形学校校舎である尾形郷土資料館で管理されている。
 指定文化財である「旧尾形学校文書」は三点であり、その概要は次のとおりである。
 1 校舎建築にあたり、明治8年頃から建築用材としての学校臨の伐採、搬出等に取り掛かったことを記録 
  した「学校人足記」
 2 左官業者との請負である「請負契約証」
 3 火災のための建物補修資金を県令から借用した「御拝借金之証」
 



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by kaz794889 | 2010-10-03 00:10 | 藤村式建築 | Comments(0)
2010年 09月 23日

藤村記念館

【藤村記念館復元記念】
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【藤村紫朗の書簡】
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 藤村記念館の建物は、明治8年に中巨摩郡睦沢村に建設された睦沢学校(現在の小学校)の校舎であり、昭和32年4月まで睦沢小学校校舎として使用されていた。
 当時の山梨県令藤村紫朗により疑洋風建築による学校校舎の建設が進められていた中で、当時の建築の名残りを伝える貴重な建築物として、既に廃棄寸前であった校舎を「藤村様式旧睦沢小学校校舎保存委員会」が昭和36年に譲り受け、山梨県内各界の協力を仰いで総合郷土博物館としての復元を行なうこととした。 同校舎は武田神社境内に移築復元されることとなり、昭和41年8月15日に復元落成式が挙行されている。 この落成式において、建物は山梨県令藤村紫朗の明治初期における功績を長く記念する意図から「藤村記念館」と命名されるとともに甲府市に寄贈され、同市により建物の維持・管理が行なわれている。
 なお、昭和42年6月15日に藤村記念館は、国の重要文化財に指定されている。



【藤村記念館の甲府駅北口への移築工事】f0191673_1356917.jpg


 甲府市による武田神社周辺の武田氏館跡整備に伴い、藤村記念館は甲府駅北口に移築することとなった。 平成19年12月に武田神社内にあった同記念館の解体工事が始まり、翌20年2月から、建物全体を覆うこの屋根月囲いの中で移築工事が開始されていた。 

【藤村記念館正面】f0191673_1356274.jpg


 藤村記念館の外観は、これまでよろい戸が水色、バルコニーが緑色となつていたが、甲府駅北口への移築にあたって調査において、旧睦沢学校として竣工された当時は、白と黒を基調とした建物の色調であった可能性が高かったということから、当初竣工当時の色調により移築復元されることとなった。
 本年5月に工事用の覆いが取り払われ、現在は移築復元後の姿が現れている。
 なお、甲府駅北口に移築後の開館は、本年10月1日の予定であり、開館に併せ館内で常設展と企画展が行なわれるということである。

【藤村記念館背面】
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【藤村記念館東側側面】
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by kaz794889 | 2010-09-23 15:52 | 藤村式建築 | Comments(0)