カテゴリ:交通( 5 )


2013年 07月 07日

山梨開發協會 2

【観光の山梨 名所温泉交通案内】

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  昭和2年6月に発足した開發協会が発行した「観光の山梨 名所温泉交通案内」である。
  この案内には「甲斐名所大観」と題し「霊峰富士と水晶と葡萄でお馴染みの甲州でありますが、交通文化の発達は急激に距離を短縮し今や「景勝の山梨」は近県からの好個の探勝コースとして又帝都の郊外保健地として短時間で富士国立公園、奇勝昇仙峡霊蹟身延山を始めとして、県下到る処の景観名所を親しく御観賞願へるようになりましたことは私共の限りなき光栄と歓びで御座います。」と記されている。
  なお、案内図の原画は内田一郎の筆によるものである。




【開發協会の案内】

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【開發協会の営業所等】

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  山梨県内の複数のバス会社が合併して発足したため、山梨県内の国中地方を中心に営業所が配置されていた。
  また、相生町の峡西南方面待合所は相生町47番地に、八日町の峡東方面待合所は八日町25番地に置かれていた。




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by kaz794889 | 2013-07-07 22:41 | 交通 | Comments(0)
2011年 08月 27日

身延自動車株式会社 湯村温泉━甲府南口駅線

【身延線 南甲府駅】
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 昭和3年3月30日に冨士・甲府間の身延線が全通した際に開業した南甲府駅(開業当時の駅名は甲府南口駅)である。
 全通当時の身延線は冨士身延鉄道として開業したものであり、甲府南口駅を中心とした甲府市南部の開発が計画され、現在も駅前周辺を中心に碁盤の目状に道路が形成され、東一条、西一条、北大路、南大路といった通りの名前が過去の名称として記憶されている。

【身延自動車 自動車時刻表】
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 身延自動車は大正14年に開業したバス事業会社であり、昭和4年に身延弘通、昭和6年に富士川自動車を合併し、身延から静岡の芝川にいたる地域のバス事業を統合した峡南地域を中心としたバス会社であった。
 その後、戦時体制の強化から山梨県内は国中地方と郡内地方の2ブロックでのバス会社の統合が図られることとなり、山梨開発協会、峡西電気鉄道、身延自動車ほか6社が昭和20年5月1日に統合し山梨交通が発足している。
 統合当時の身延自動車は本社を甲府に置き、34両の車両を有していた。



【湯村温泉━甲府駅━南口駅間時刻表】
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 昭和13年2月1日改正の湯村温泉と甲府南口駅間のバス時刻表である。
 甲府南口駅から緑橋営業所、甲府駅を経由し、所要時間23分で湯村温泉とを結んでいた。
 当時、緑橋営業所は甲府市柳町70番地(法人会館(旧甲府商工会議所)と隣接した南側の場所)に置かれていた。 
 甲府南口駅は冨士身延鉄道の駅であったことから、湯村温泉とこの駅を結ぶ路線が設けられていたものと思われるが、身延線はこの年の11月1日に鉄道省による借り上げ運営が始まり、16年5月1日には国に買収されている。




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by kaz794889 | 2011-08-27 22:15 | 交通 | Comments(0)
2009年 08月 01日

山梨開發協會

【山梨開発協会の趣旨】
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 大正6年6月、山梨自動車運輸株式会社は甲府駅~小笠原間に山梨県内で最初の定期乗合自動車を運行開始させ、大正13年には鰍沢乗合自動車会社と合併し、車両44台を有する県内最大のバス事業社となった。
 当時の山梨県内における公共交通は、バス路線ににより確保されていたため、中小業者が増加し、路線が競合するなどの経営面における問題点が少なくなかったことから、資本力の大きな事業者に自主的に統合する機運が高まっていた。こうしたことから、昭和2年6月1日に山梨自動車運輸と山梨公衆自動車、御嶽開発組合が合併して設立された新会社が『株式会社 山梨開発協会』である。


【山梨開発協会設立当時のチラシ】
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 山梨開発協会設立当時の本社は、甲府市相生町46番地に所在していた。


【甲斐名所案内】
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 山梨開発協会が発行した山梨県内の名所案内である。
 御嶽昇仙峡、身延山、下部温泉、西山温泉、富士五湖などの県内観光スポットについて、自社のバス利用を通じて紹介しているとともに、「甲府を中心としての自動車網の大整理」「御嶽昇仙峡を中心とする景勝開発」「新旧物産の整理及び創造」を自社の三大使命として掲げている。


【山梨開発協会の案内】
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 昭和2年の会社設立後、山梨開発協会は昭和6年には東部乗合自動車、8年に輿石自動車、10年に甲府自動車運輸、13年に八ヶ岳自動車、アサヒ自動車、14年に台ケ原自動車、16年に御嶽自動車、17年に三日月自動車と合併し国中地域のバス網を拡大させていった。
 この案内は昭和15年の春頃のものである。
 山梨開発協会はその後の戦時期における事業統合により、峡西電気鉄道、身延自動車と合併するとともに、百観音自動車、中央自動車商会、クラブ自動車、下部温泉自動車、武田神社バスなどを統合し『山梨交通株式会社』となり、昭和20年5月1日から事業が開始された。




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by kaz794889 | 2009-08-01 21:57 | 交通 | Comments(0)
2009年 05月 09日

クラブ自動車

 クラブ自動車はバス事業者として昭和4年3月21日、甲府~竜王~上高砂~野牛島~六科~源の新路線で運行を開始し、本社を中巨摩郡百田村(後の白根町、現在:南アルプス市)に、営業所を甲府市相生町39番地(甲府駅前(橘町4番地)にも後に設置)に開設し、車両6台により発足した。
 
【登山はクラブ自動車にて】
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 昭和4年11月には新たに百田本社~韮崎駅前の新路線を開き、甲府・韮崎を約45分、甲府・源を約40分で結んでいた。
 また、この案内チラシ(昭和9年頃の発行)に「登山はクラブ自動車にて!」とあるように、従来は韮崎方面からの登山が一般的であった南アルプス諸山の登山について、クラブ自動車の終点である源からの道が近道であることを広く案内している。
 
 山梨県内にはクラブ自動車を始めとした中小のバス事業者が増加し、路線が競合するなどの乱立状態の傾向となり、自主的な統合の機運も高まり、昭和10年頃からは順次統合が進められ、昭和13年以降は日本国内の戦時体制から更にその動きが加速していき、クラブ自動車は山梨開発協会、峡西電気鉄道、身延自動車など8社、合計9社が統合し昭和20年5月1日に山梨交通として発足し現在に至っている。

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by kaz794889 | 2009-05-09 15:23 | 交通 | Comments(0)
2009年 05月 03日

山梨県道路元標

 甲府警察署北側のフェンスに沿った植え込みの一画に、道路に面して道路元標標石である石柱が建てられている。

【山梨県道路元標】
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 高さが62㎝の角柱型で、正面には『山梨県道路元標』、後方には『北東六六度三三分四十秒 距本標二十六米五十二糎』と刻まれ、建設年月日など、その他の事項は特に刻まれていない。
 現在では根拠法令などは存在しないと聞いているが、道路法(大正8年4月法律第58号)第二条及び道路法施行令(大正8年11月勅令第460号)第7条、8条、9条の時代には、道路元標は各市町村に一箇を置く。府県庁、市役所などの所在地を国道、県道等の起点・終点とする際は道路元標の位置による。などが規定されていた。

━(甲府風景) 甲府錦町通り 山梨県庁━
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 現在地に道路元標が置かれる以前は、写真に写る県庁正門場に向かって右側の角(旧甲府郵便局庁舎である甲府市役所南庁舎の錦町交差点角)に『山梨縣里程元標 甲府市錦町』と正面に書かれた木柱の道路元標が建てられていた。
 
 昭和5年4月に県庁が現在地に移転し、昭和6年4月に甲府郵便局(現在の甲府市役所南庁舎)がその址に新築移転した時期に、この場所にあった道路元標を現在の場所に移転させたのだろうか。
 現在の石柱に建設時期が刻まれていないことや、「山梨県道路元標」と刻まれた「県」の文字が旧漢字の「縣」でないことなどから、県庁移転時期に立てられた道路元標であるか否かについては、更に調べる必要があると考えている。


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by kaz794889 | 2009-05-03 23:36 | 交通 | Comments(0)