カテゴリ:学校( 25 )


2016年 09月 10日

「近代鰍沢教育発祥之地」碑と鰍沢学校

【蓮華寺境内の「近代鰍沢教育発祥之地」碑と副碑】
f0191673_15214486.jpg 「近代鰍沢教育発祥之地」碑は、南巨摩郡富士川町の日蓮宗蓮華寺境内に平成11年3月に建立されている。
 同碑の左側に建つ副碑「公立鰍沢学校」には、「この地に公立鰍沢学校が創設され近代鰍沢の教育がここに始まりました」と刻まれている。

 鰍沢学校の創立は明治7年11月1日(現在の富士川町立鰍沢小学校のHPは明治6年2月1日としている。)に、日蓮宗蓮華寺(富士川町鰍沢2321番地)の本堂を仮校舎とし「公立小学鰍沢学校」として開校している。 












【現在の蓮華寺墓地】
f0191673_15220202.jpg その後、校地を蓮華寺に隣接する通称「上の山」の中腹(現在の蓮華寺墓地)とし、擬洋風建築(いわゆる藤村式建築)による二階建校舎を明治8年5月1日に建設している。
 校舎建設に当たっては、村の課税と有志による寄付金、各戸からの小学校新築差加金としての拠出などを求め、その建築費は約1,300円、また、明治9年当時の生徒数は291名(男子222名、女子69名)、教員5名であったという。
 














【日興上人誕生霊地碑(甲州鰍沢ノ里)】
f0191673_15222096.jpg 明治40年7月には、新たな校地として現在の鰍沢小学校の位置(富士川町鰍沢1172番地)に新築移転し、大正12年9月1日には蓮華寺隣接地の校舎を廃止し、校地を一か所としている。
 また、大正14年5月には蓮華寺隣接地に残されていた旧校舎の一部を新校地に移築し、職員室、応接室、校室具としている。

 写真は大正12年11月に蓮花寺の旧校舎前に建立された、東郷平八郎の書による「日興上人誕生之霊地」碑である。
 碑の後方に写る校舎は、廃止後2か月を過ぎた頃の校舎であるが、明治8年の建設以来既に約50年が経過し相当の改修がなされているものの、いわゆる藤村式建築の様式は残されている。






【現在の「日興上人誕生之霊地」碑】
f0191673_15215306.jpg 旧校舎前に建立されていた「日興上人誕生之霊地」碑は現在、蓮花寺の入口付近に残されている。





















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by kaz794889 | 2016-09-10 16:21 | 学校 | Comments(0)
2015年 09月 15日

三同社

【三同社規則】
f0191673_12470444.jpg 三同社は明治12年5月に設立された私塾「進徳社」の理念に対する山梨県当局の妨害策の一つとして、当時の山梨県令藤村紫朗とその支持者である若尾逸平、風間伊七、名取忠文ら最有力の豪商らを発起人として、明治13年3月に西山梨郡甲府紅梅町に開設された私塾である。

 三同社規則にある「三同学社規則」の教則によると、学課は予科、本科の二科、予科を卒業した後に本科に入るものとし、予科の卒業期限は設けられず、本科の卒業期限は二年半とされている。
 また、本科学課は毎日二書を用い、一書は教員が講義し、一書は生徒による輪講とすることが記されている。

 【進徳社】
 http://kaz794889.exblog.jp/24454432/
 


















【三同社 科目表】
f0191673_12471010.jpg 三同社規則に収載されている、予科及び本科の科目表である。
 





















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by kaz794889 | 2015-09-15 08:46 | 学校 | Comments(0)
2015年 09月 10日

進徳社

【進徳社主意書】
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【進徳社申合規則草案】f0191673_10223326.jpg





























 進徳社は明治12年5月、西山梨郡甲府横近習町に開校した私塾である。
 「進徳社主意書」に記された進徳社主意によると、学齢超過あるいは貧困により勉学の機会を得ることができない青少年に、勉学の機会を与えることを目的とするものであり、進徳社規則第一条には「本社生徒ハ公立小学校ニ修業スルコト能ハザル者及ヒ小学々齢ヲ超タル者トス。但シ生徒ハ貧富ヲ論セス一切学費ヲ要セス」と定めている。

 また、学課を級内、級外の二科とし、その卒業年限は級内学課が2年半、級外学課は卒業期限を設けておらず、授業時間は午前9時から12時、午後1時から3時の1日5時間であった。

 進徳社の設立発起人は、加賀美嘉兵衛(東八代郡南八代村)、依田孝(西八代郡市川大門村)、新海幸五郎(中巨摩郡玉幡村)、大木喬命(西山梨郡甲府横近習町)、寺田喜平治(西山梨郡甲府和田平町)、小田切謙明(西山梨郡飯沼村)、尾澤孝治(西山梨郡千塚村)、渡辺信(西八代郡市川大門村)、三井幸一郎(中巨摩郡松島村)、林誾(西山梨郡甲府紅梅町)ら10名であり、その多くは自由民権運動の機関紙でもあった「峡中新報」の株主となっていた。




【峡中新報社 株主組合名簿】
f0191673_10223834.jpg 多くが峡中新報の株主であり、当時の山梨県令であった藤村紫朗に対する反藤村勢力による進徳社の発起は「官の指導による公教育でなければ教育は発展しない」の信念を持った藤村紫朗に大きな衝撃を与えたという。

 このため、藤村紫朗は側近や自身を支持する若尾逸平、風間伊七といった有力な豪商らに、別の私塾である「三同社」の創設を計画させ、進徳社の合併を促したという。これにより、進徳社の発起人の一人である加賀美嘉兵衛ら、何名かが三同社に加わったという。






【株主組合名簿 内容の一部】
f0191673_10224018.jpg 発足後の進徳社は、必ずしも良好とは言い難い状況が続いたといれ、明治14年11月に廃止している。

 (明治13年5月に作成された「峡中新報株主組合名簿」には、各郡単位に総勢234名の株主の氏名、住所が記されている。)














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by kaz794889 | 2015-09-10 11:24 | 学校 | Comments(0)
2014年 09月 06日

山梨養蚕教習所

【山梨養蚕教習所創立趣意書】
f0191673_23242367.jpg 明治28年4月、山梨養蚕教習所が東八代郡清野村(現在:笛吹市一宮町坪井)に設置された。
 この教習所は八田達也の主唱により、当時の東八代郡管内の主たる蚕種製造者から組織された共進組という団体が創立したものであり、短期間に養蚕に関する技術、簡易な学理を伝習することを目的とし、当時は伝習生13名を収容していた。

写真は明治28年2月に作成された山梨養蚕教習所の創立趣意書であり、次ページには「山梨養蚕教習所規則」があり、教習所の目的として「養蚕の改良発達を図り全国に普及するための生徒を養成するを以て目的とする」旨及び毎年3月1日開場、7月30日閉場し、満5か月を以て一学期とすることなどが記載されている。

 翌年の明治29年3月19日に養蚕教習所は「山梨蚕業学校」と改称し、東八代郡立の学校となっている。
 その後、山梨県立蚕業学校、山梨県立農蚕学校、山梨県立石和高等学校と名称が変わり、現在は石和高校と山梨県立園芸高等学校を引き継いだ山梨県立笛吹高校が山梨養蚕教習所を引き継いでいる。

 
   
  












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by kaz794889 | 2014-09-06 23:54 | 学校 | Comments(1)
2013年 05月 03日

旧甲府市立相生小学校

【旧甲府市立相生小学校正門】
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  旧甲府市立相生小学校、春日小学校、穴切小学校の三校は統合され、平成17年4月1日からは新たに甲府市立舞鶴小学校として開校している。
  写真は相生小学校の正門と旧校舎である。甲府市役所の新庁舎建設に伴い、平成23年10月から新庁舎竣工までの間は、甲府市役所相生庁舎として仮庁舎の役割を担っていたが、新庁舎竣工により平成25年5月の連休期間中に新庁舎への移転を進め、5月7日からは新庁舎における業務開始に伴い、仮庁舎としての役割は終了する。



【甲府市立相生尋常小学校正門】
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  明治5年の学制により、その年の10月に若松町の信立寺において授業を開始した振徳館は、同7年に校舎を甲府柳町に新築し梁木学校となったが、その後の生徒増加に伴う校舎の狭隘により、同9年に甲府相生町に校舎を建設し7月26日に開校式を行い、公立小学相生学校が発足した。
  その後、甲府の小学校の組織改編等による名称の改編がなされたが、明治42年8月31日に甲府市代官町(旧相生小学校の場所)に校舎が竣工し、10月16日に相生尋常小学校としての開校式が行われている。  写真は昭和14年の甲府市立相生尋常小学校の正門と当時の校舎であるが、この校舎は明治42年に竣工した前述の校舎である。相生小学校は、甲府市街地に建つ小学校の一つであったが、昭和20年7月の甲府空襲により、校舎や附属建物、備品の一切を焼失している。 




【旧甲府市立相生小学校敷地の外壁フェンス】
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  正門前を南北に通ずる道路に沿って残る、相生小学校の外周フェンスであるが、その基礎部分の石積は、この場所に相生尋常小学校が建設された明治42年以来のものである。




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by kaz794889 | 2013-05-03 20:01 | 学校 | Comments(1)
2013年 03月 23日

財団法人 山梨航空機関学校

【山梨航空機関学校 入学要項①】
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  昭和9年9月、玉幡競馬場及び周辺用地を買収し約7万坪の玉幡飛行場が開設(昭和11年1月15日には逓信省が山梨飛行場として認可)され、同時に山梨飛行学校が設置され、昭和12年4月には山梨航空技術学校と改称し、その後昭和18年4月には更に山梨航空機関学校と改称している。




【同 入学要項②】
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  写真の入学要項は、昭和19年度入学者に対するものであり、当時の設置課程は、本科(修業年限3年、募集人員200名)及び専修科(修業年限1年、募集人員400名)であった。




【山梨飛行場跡】



  昭和15年に岐阜陸軍飛行学校の分校(昭和18年には熊谷飛行学校甲府分校場と改称)が開設され、山梨飛行場は軍民共用飛行場となった。
  終戦後、山梨飛行場の土地は国有財産となり、甲府空襲により罹災した山梨県立農林学校が移転するなどし、山梨飛行場跡には同行、山梨県警察学校、民間企業工場となっている。





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by kaz794889 | 2013-03-23 17:49 | 学校 | Comments(0)
2012年 12月 02日

山梨県立韮崎中学校 2

【山梨県立韮崎中学校 全景】
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  韮崎中学校が開校した大正12年の学校全景である。
  現在は学校周辺も住宅や商業施設のある韮崎の市街地となっているが、開校当時の学校周辺は田畑の中に建つ学校の感である。




【昭和20年代の韮崎高校正門前の通り】
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  昭和23年の学制改革により韮崎中学校は韮崎第一高校と韮崎第二高校となり、その後の高校再編成により昭和25年に韮崎高校と改称されている。
 写真は、通りの右側に植えられている桜が満開となっている、昭和20年代の韮崎高校正門前の通りの様子である。




【現在の韮崎高校正門前】
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  路面は当然の如く舗装され、正門と学校を囲む塀、その下の溝も改修された現在の正門前の通りである。
  正門前に植えられた桜も現在は残されていないが、通り沿った奥に写る樹木は当時の桜の一部だろうか。




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by kaz794889 | 2012-12-02 13:18 | 学校 | Comments(0)
2012年 11月 25日

山梨県立韮崎中学校

【山梨県立韮崎中学校 本館】
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【韮崎町発行 開校祝賀記念絵葉書 タトウ】
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 北巨摩郡における最初の県立中学校として大正11年9月21日に韮崎中学校の設置が認可され、同12年4月1日に敷地面積6,996坪、生徒定員350人の中学校として開校している。
 北巨摩郡への中学校設置については、南部の韮崎町、中部の若神子村、穴山村、北部の長坂村が候補地とされてきたが、最終的には韮崎と若神子に絞られ紆余曲折の結果韮崎町に設置されることとなった。

 校舎本館の絵葉書は左記の記念絵葉書(三枚一組)の中の1枚である。



【現在の山梨県立韮崎高等学校 校舎】
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 終戦後の学制改革により、韮崎中学校は山梨県立韮崎高等学校となっている。
 開校時の校舎であった校舎本館は昭和39年2月28日に火災のため焼失しており、現在の校舎はその後建設された校舎を取り壊し、平成13年10月に新築された校舎である。




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by kaz794889 | 2012-11-25 21:21 | 学校 | Comments(0)
2012年 09月 02日

裁縫女学校 玉聲舎

【裁縫女学校 玉聲舎 生徒心得】
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【記念碑建設趣意書】
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 裁縫女学校玉聲舎は、明治25年に東京府下谷区西町の神道禊教会内に設置された神道禊派玉声舎の分舎として、明治26年10月に甲府市穴切神社北側の禊教地内に開設され、当時唯一の裁縫教授所として女子教育に努めていた。
開設当初の校名は単に玉聲舎と称していたが、その後、校名を玉聲裁縫女学校と改称し、創立以来、中津良江、その妹にあたる長倉テル子が教員となっていた。
  その後、大正6年8月31日に学則を改正し、本科、実科、技芸科の三科を設置し玉聲裁縫学校と改称し、昭和2年3月に学則を再改正し、本科、裁縫科、専攻科を置き、専攻科にはタイプライターの習得も加えられるとともに、3教室が増築され昭和2年8月16日に落成している。
昭和15年3月には校舎を更に増築し、同17年10月16日には創立50年周年記念式典が挙行されている。
 
  昭和19年4月1日には甲府市が買収し甲府市立甲府女子青年学校として学校を継続し、同20年11月1日には甲府市玉成女学校とと改め、終戦後の学制改革による新制高等学校への昇格を期して内外の整備を図り、同23年3月に認可を得たため、市立甲府女子高等学校と改称し、昭和25年に甲府市東光寺2-25-1に移転し市立甲府高等学校と改称し、昭和27年に県移管となったことに伴い、県立甲府高等学校となった。
  その後、昭和40年4月に山梨県立第一商業高等学校に改められたが、現在は廃校となっている。

【玉聲舎の跡】
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 穴切神社(甲府市宝2丁目)の北側に隣接してマンションが建てられている場所が、玉聲舎の跡である。




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by kaz794889 | 2012-09-02 16:47 | 学校 | Comments(0)
2012年 04月 16日

山梨高等工業学校 体育デー運動競技会

【各クラス対抗マラソンリレーのスタート風景】
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 山梨高等工業学校(現在の山梨大学工学部)の恒例行事の一つが、11月3日に開催される体育デー運動競技会である。
 写真はその一環として開催された、各クラス対抗競技であるマラソンリレーの学校表門(正門)前におけるスタート風景である。
 マラソンコースはその年により変動していた可能性もあるが、昭和16年のコースは次の2コースであった。
 ① 学校表門から武田神社前を経て学校裏門に至るコース
 ② 学校表門から日向町(現在の山梨文化会館附近一帯)に下って学校裏門に至るコース

【現在の旧山梨高等工業学校正門】
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 写真に写る門衛所や校舎は昭和20年7月の甲府空襲で焼失しているが、表門(正門)は当時の形状を留めている。

【マラソンリレーの寸景】
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 マラソンリレーの寸景である。


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by kaz794889 | 2012-04-16 11:48 | 学校 | Comments(0)