カテゴリ:山梨観光アーカイブ( 5 )


2013年 11月 24日

甲府観光協会

【甲府観光協会趣意並会則】
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 甲府観光協会は、昭和4年5月1日に発足した従来の「御嶽昇仙峡保勝会」を解体し、昭和7年12月7日に甲府市を中心とした山梨県内観光地及び物産の紹介・宣伝や観光の利便を図ることを事業目的として設立された組織である。
  


【甲府観光協会ノ趣意】
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【甲府観光協会会則】
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【甲府観光協会発行の観光パンフレット】
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  「甲府市街の中央に大自然の温泉が豊富に湧出している。」をフレーズに甲府市役所観光係、甲府市温泉組合の三者で発行された「新興の甲府温泉」及び「甲府からのハイキング」と題する戦前期発行の観光パンフレット。  




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by kaz794889 | 2013-11-24 17:30 | 山梨観光アーカイブ | Comments(0)
2009年 05月 10日

【山梨・観光アーカイブス 4】 一府九県連合共進会と案内書

 明治39年10月1日から11月10日までの間に開催された、山梨県主催一府九県連合共進会については、既に当ブログにおいても紹介しているところである。
 連合共進会の開催は山梨県の産業や文化の進展を促進させ、人々の見聞を広く開かせることを目的の一つとしているが、明治36年6月に中央本線甲府駅の開業後、同39年6月には塩尻まで中央本線が延伸し、甲府駅から篠ノ井線の松本駅までがつながるなど鉄道網の整備を背景とし、連合共進会の開催を機に山梨県の自然を売り出し観光開発や発展も意図された。

━山梨県主催一府九県連合共進会記念━
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 当時の山梨県知事 武田千代三郎(上記右側の人物)は「共進会知事」とも言われ、全国に山梨県を紹介することを積極的に行っていた。

━共進会模擬天守閣と展示棟━
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 連合共進会の開催期間中、北巨摩郡菅原村の白須御料林茸狩隊、天目山及び勝沼探勝隊、富士裾野探勝隊、御嶽黒平探勝隊などの探勝隊を募集し山梨県内の景勝地を尋ねるなど、県内景勝地の開発と宣伝に関する嚆矢的な企画がなされていた。


 こうした連合共進会の開催に併せて、県内の景勝地に関する案内書が発行された。
【山梨県案内】
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 『山梨県案内』は小林彦太郎の編纂により明治39年10月1日に山梨日日新聞又新社から発行された、約200頁の県内景勝地及び連合共進会に関する案内書である。

【甲斐の栞 附名所写真図f0191673_11512677.jpg


 『甲斐の栞』は佐野通正の編纂により明治39年10月1日に柳正堂書店から発行された、県内景勝地に関する48頁の案内書である。

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by kaz794889 | 2009-05-10 13:01 | 山梨観光アーカイブ | Comments(0)
2009年 05月 06日

【山梨・観光アーカイブ 3】 中央本線の延伸と観光案内

 「酒折の宮、山梨の岡、塩山、裂石、さし手の名も都人の耳に聞きなれぬは、小仏ささ子の難処を越して猿橋のながれに眩めき、鶴瀬、駒飼見るほどの里もなきに、勝沼の町とても東京にての場末ぞかし、甲府はさすがに大廈高楼、躑躅が崎の城跡など見る処のありと言えど、汽車の便りよき頃にならば知らず、こと更の馬車腕車に一昼夜をゆられて、いざ恵林寺の桜見にという人はあるまじ…」と、明治28年5月の雑誌「太陽」に発表された樋口一葉の『ゆく雲』に書かれた山梨の景勝・旧跡も近代的な交通機関である中央本線の延伸により、東京方面から要する時間に大きな変化をもたらすこととなった。

━(甲府名勝) 甲府停車場━
 甲府までの延伸開通により建てられた、初代の甲府駅舎である。
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  中央本線の山梨県内における駅の開業は、明治34年8月1日に八王子駅~上野原駅の開通による上野原駅の開業が最初であり、その後、鳥沢駅まで、大月駅まで、初鹿野駅までと延伸され、甲明治36年6月11日に甲府駅まで開通し、同年12月15日に韮崎、37年12月21日には富士見までの延伸が予定されていた。
 
 こうした中央本線の延伸開通に伴い、県外からの旅客に対する観光案内書が甲府駅の開業に併せて数多く発行され、県内各地の名所・旧跡や旅館・飲食店の案内や広告が掲載された。

【甲府繁盛記】
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 錦巧堂(甲府市泉町)から明治36年7月に発行された甲府市内の商店や旅館などを多くの写真入りで紹介している案内書である。



【汽車旅行 甲斐廻手引】
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 佐野通正の編纂により甲斐廻手引編纂所(甲府市錦町)から明治36年12月15日に発行された案内書である。
 緒言には「本書の案内の主意たる州の内外に論なしと雖ども寧ろ州外旅人の為めに案内するを主要とし又州人の出でんより州外人の入るを望むの主意なるを以て八王子を首位に置き各駅を列叙して甲府に及ぶ」と記されている。



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by kaz794889 | 2009-05-06 19:31 | 山梨観光アーカイブ | Comments(0)
2009年 04月 19日

【山梨・観光アーカイブ 2】 新日本八景

 昭和2年4月9日の大阪毎日新聞、東京日日新聞の紙面に日本新八景選定に係る募集告知が掲載された。
 この企画は「昭和の新時代を代表すべき日本の勝景は、よろしくわれ等の新しい好尚によって選定されなければならない」としたもので、山岳、渓谷、湖沼、海岸、河川、平原、瀑布、温泉の8部門に分けて実施された風景の官製郵便葉書による人気投票と選定委員の協議に基づく選定による、大阪毎日、東京日日の両新聞社主催、鉄道省後援によるものであり、昭和2年4月10日から5月20日までの間で、当時の日本の総人口約6000万人に対して総投票数9342万票を得たものであり、こうした数字からも、この企画が全国において注目されたものといえるだろう。

 この新日本八景選定にあたり、山梨県では当時の内部部長が采配を振るい、景勝地開発委員会を県庁で開催し、富士五湖(湖沼の部)と御嶽昇仙峡(渓谷の部)を推薦することとし、全県民一人一票主義を標榜した奮起を促した投票運動が続けられていった。
 特に御嶽昇仙峡について甲府では、甲府市、山梨開発協会、商工会議所、金桜神社、料理業組合、水晶組合などの名を連ねた御嶽昇仙峡推奨後援会が組織され、投票の推奨が行われた。

【山梨県繁栄のために 県民諸君よ、起て!】
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 御嶽昇仙峡と投票数の一位を競っていた天竜峡、瀞峡も懸命な得票集めを行っており、御嶽昇仙峡も更なる得票の上積みをしなくては一位確保が困難と思われ、甲府市は緊急に協議会を開催し20~30万票の上積みを行うための葉書代の支出が話し合われるなどした。
 これは、こうした状況の中、山梨県民有志の名で投票期間の終盤に出された、御嶽昇仙峡への投票を求めるチラシである。このチラシの内容からも当時の投票に関する状況が覗える。

【新日本八景の選定結果を掲載した昭和2年7月6日の大阪毎日新聞】f0191673_7153278.jpg


 4月10日から5月20日の間における投票数と7月3日に開催された日本八景審査委員会において、日本八景、日本二十五勝、日本百景がそれぞれ選定された。

【選定された「日本八景」】
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 富士五湖については、湖沼の部において1,328,978票の最高票第一位を確保したものの、投票数第三位734,112票の十和田湖が湖沼の部において日本八景に選定(投票数の第二位は菅沼(群馬)であった。)された。
 また、御嶽昇仙峡の投票数は2,992,930票で渓谷の部においては第二位であり、天竜峡が3,127,170票で第一位、瀞峡が2,064,590票で第三位となったが、渓谷の部における日本八景には投票数で第十一位606,391票の上高地渓谷が選定された。 

【選定された「日本二十五勝」】
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 日本二十五勝には県内から御嶽昇仙峡、富士五湖が選定された。
 また、日本百景に山梨県内から駒ケ岳(山岳の部)投票数212,090票、八ヶ岳平原(平原の部)投票数197,134票が選定されている。

 なお、県内において投票されたその他の場所と投票数は次のとおりである。【()の数字が投票数】
 
 【温泉の部】
  下部温泉(3)、塩沢温泉(2)、西山温泉(1)
 【瀑布の部】
  仙嶬の滝(1)、仙蛾の滝(1)、千波の滝(1)
 【山岳の部】
  白根山(11)、大菩薩峠(10)、三つ峠(7)、矢納山(1)、山梨御嶽(1)、源次郎岳(1)
 【湖沼の部】
  吉田湖(1)
 【渓谷の部】
  猿橋(21)、桂川渓谷(1)、駒ケ岳(1)、差出の磯(1)
 【河川の部】
  桂川(2)
 【平原の部】
  富士甲州裾野(13)、西行峠(1)、甲府盆地(1)

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by kaz794889 | 2009-04-19 08:34 | 山梨観光アーカイブ | Comments(3)
2009年 04月 15日

【山梨・観光アーカイブス 1】 

 「山梨・観光アーカイブス」は古い観光案内史料等で、山梨県内の観光について紹介していきます。

『つつじ案内』
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 山梨県内の桜や桃の季節も終り、つつじの時季を迎えます。
 「つつじ案内」と称する山梨県発行のこの観光チラシには、『初夏はつつじの丘へ新緑の山に』のキャッチフレーズのもと、山梨県内のつつじの名所として、「富士山麓の躑躅ヶ原」「八ヶ岳山麓の躑躅」「甘利山の躑躅」が紹介している。



『甲斐つつじ名所案内略図』
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 「富士山麓のつつじヶ原」
  富士山の吉田口登山道に沿った中の茶屋から大石茶屋附近は躑躅ヶ原と呼ばれ、蓮華つつじの群落地として名高く、昭和3年3月3日に「躑躅原のレンゲツツジ及びフジザクラ群落」として国の天然記念物に指定されている。
 
 「八ヶ岳山麓のつつじ」
  八ヶ岳の南麓、美し森一帯にわたる地域には種々の躑躅が一面に群生し、美し森躑躅ヶ原と呼ばれている。先年、鉄道省の全国躑躅番付に西の大関を勝ち得た程あり其の美観はすばらしいものがある。その中心をなす「美し森の大ヤマツツジ」は昭和10年6月7日に国の天然記念物に指定されている。
 
 「甘利山のつつじ」
  南アルプスの前山である甘利山頂上にわたる芝原地帯には一面にレンゲ躑躅が群生している。

『新緑の山に つつじの丘へ』
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by kaz794889 | 2009-04-15 21:26 | 山梨観光アーカイブ | Comments(0)