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カテゴリ:桜の名所( 4 )


2009年 04月 08日

『桜の名所 今昔 4』 山高の神代桜と実相寺


━神代桜(幹周60尺・樹高90尺・樹齢1800年)(内務省保存指定木)━
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 田山花袋編『新撰名勝地誌』(明治43年4月23日・博文館刊)には、「高さ5、6丈、幹の周囲約4丈、枝の八方に分れ、幹の自ら洞腹をなせる所平坦にして畳2,3畳を敷くべし。花は八重の淡紅、旧暦2月下旬より3月上旬まで、即ち穀雨の節より7,8日前を開花の候とし、僻地なれども花時に到れば四方らり杖をひくもの多し、また、樹上宴を張るのは奇観を見ることあり」と記されている。
 北杜市武川町山高の日蓮宗大津山実相寺にあるこの桜は、山高の神代桜と言われ、国の天然記念物に指定(大正11年10月12日指定)されている。
 神代桜は日本最大規模の桜であり、伝説によれば、日本武尊が東国に遠征の際、この場所を通りがかり記念にこの桜を御手植えされたものといわれ、その後、実相寺を訪れ桜の樹勢の衰えを心配した日蓮が、その回復を祈ったところ次第に樹勢が回復したと言われている。

━実相寺 惣門━
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 神代桜のある実相寺の寺域は一條忠頼の城址であり、永禄4年に川中島の合戦にあたり武田信玄が武運長久の永代祈願所として現在地を寄進しこの地に移転、現在に至っている。
 実相寺は創建以来2度の火災に遭い、歴史的建造物や寺宝等は失われているが、樹齢2000年以上とされる神代桜を始め約3000坪の境内には、ラッパ水仙など約10万本が植えられているなど、花畑の中を参道が続いている。

━実相寺 本堂━
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 『新撰名勝地誌』には実相寺について「現在の堂宇は本堂、七面堂、鐘楼、書院、庫裏等、毎歳4月5月の頃は花を訪ねて来るもの多し」と記されている。

━実相寺 庫裏━
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━実相寺 七面堂━
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by kaz794889 | 2009-04-08 17:32 | 桜の名所 | Comments(0)
2009年 03月 30日

『桜の名所 今昔 3』 甲斐 善光寺


━(甲斐国) 善光寺の桜花━
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 明治末期から大正にかけて、桜の名所として善光寺の桜がもっとも有名であり、善光寺山門から現在の旧国道20号線(甲州街道)へ出るあたりまでの善光寺参道の両側には、枝を折り重ねるばかりに咲いた桜花のトンネルがつくられていた。
 掛茶屋などの店が出て春の参詣客や花見の客で賑わっていたが、序々に周囲のぶどう園に注意が奪われ、参道の桜は手入れや補植もされず、全盛期の頃に千本を数えた吉野桜も昭和初期には老木数本を残すばかりとなったことから、昭和9年頃に甲府観光協会が音頭をとって桜を補植し、再び桜花の名所にしようとしたが、叶わなかったようである。
 絵葉書に写る光景は、いずれも明治44年頃の善光寺の桜花である。

━(甲斐国) 善光寺大門より山門に到る桜花のトンネル━
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━(甲斐国) 善光寺の桜花━

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━甲府名所 善光寺大門通桜花の隧道━
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by kaz794889 | 2009-03-30 20:55 | 桜の名所 | Comments(0)
2009年 03月 28日

『桜の名所 今昔 2』 県庁前の桜

 『甲府略志』(大正7年:甲府市役所発行)によれば、名勝及び旧跡として「県庁前の桜」をこう記している。
 「明治の初年、県令藤村紫朗、和州吉野より移植せし桜にて、老幹数株万朶一時に爛発するや一簇の彩雲天半より落下せし如く、庁庭の常緑樹と相映発して一賞に値す。」

━(甲府市錦町)山梨県庁━f0191673_865521.jpg 


 県庁の外柵沿いに咲く桜樹である。

━山梨県庁前通常盤町━
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 ここでいう県庁前は、現在の場所に県庁が移転する以前、錦町時代の県庁前である。
 明治10年にいわゆる藤村式建築として、現在の甲府市役所の場所、旧甲府郵便局の位置に旧県庁舎が建設され、昭和5年に甲府城内、旧甲府中学校の場所にその後県庁は新築移転している。

【現在の旧県庁舎跡】f0191673_883444.jpg


 道路の左側が旧県庁の跡であり、上記の絵葉書に写る場所の現在の様子である。
 旧県庁跡は現在甲府市役所となっているが、昭和49年に甲府市太田町に庁舎が新築移転するまでこの場所には甲府郵便局があり、道路左側に建つ2階建の甲府市役所南庁舎は昭和6年に逓信省技師であった山田守の設計により建設されたかつての甲府郵便局庁舎である。


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by kaz794889 | 2009-03-28 08:27 | 桜の名所 | Comments(0)
2009年 03月 22日

『桜の名所 今昔』 甲府・舞鶴公園の桜

 3月20日、甲府地方気象台は甲府における桜の開花を発表した。
 これからしばらくの間は、桜や桃の花が話題の中心となることだろう。こうした春の季節に合わせ、山梨県内における桜の名所の今昔について紹介していきたい。

━舞鶴公園━
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 鳥瞰図で知られている吉田初三郎の描いた舞鶴公園謝恩碑附近の桜である。
 この絵葉書は、昭和12年8月に開催中止が決定した「全日本産業観光甲府大博覧会発行」の甲府を始めとした県内の四季を描いた5枚組絵葉書の内、春を描いた1枚である。
 なお、他の4枚は甲府銀座の夜の賑わい、御坂峠からの富士を描いた夏、御嶽昇仙峡の仙娥滝を描いた秋、身延山久遠寺祖師堂の雪景を描いた冬である。

━「甲府舞鶴公園の桜」━
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 甲府桜盛会発行の甲府舞鶴公園の桜を描いた4枚組の彩色絵葉書と、そのタトウである。



━甲府市 舞鶴公園ノ桜 ①━
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 「かつて堀のあった現在の山梨県民会館ビルの周辺から甲府城、謝恩碑を眺めた光景である。」

 甲府城の桜は、明治39年の一府九県連合共進会の開催を機して、当時の山梨県知事であった武田千代三郎が植えさせたものが始まりである。
 また、大正3、4年頃になると、商工会議所の呼びかけにより、桜樹愛護会が組織され、先に植えた古木の衰弱化前に若木の補植を行っている。
 
━甲府市 舞鶴公園ノ桜 ②━
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 大正2年頃から昭和18年までの間は、毎年4月1日頃から12日の武田神社例大祭、15日の御幸祭の頃まで観桜会が催され、甲府市内の有名料理店が軒並み売店を出し、サーカスや見世物小屋も軒をつらねていたが、こうした花見の風景も、満州事変以降の戦時体制化が深まるにつれ、華やかさもなくなり、昭和18年の春からは、花見風景そのものも完全に消えていったのである。

━甲府市 舞鶴公園ノ桜 ③━
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 終戦後、舞鶴公園には進駐軍の兵舎が建ち並び、講和条約発効後、公園が返還された際には桜の樹勢も著しく衰退しており、昔日の面影は殆んど見られなくなっていたため、若木の補植を件が行ったものの、戦前の華やかな桜は見るすべもなかった。
 戦後、甲府観光協会と甲府商店街連盟が共催で「観光さくら祭」を行っていた時期もあったが、商店街に桜の造花を飾る程度の極めて商業的なものであり、戦前の観桜会とは本質を異にするものであった。 

━甲府市 舞鶴公園ノ桜 ④━
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by kaz794889 | 2009-03-22 17:36 | 桜の名所 | Comments(0)