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2008年 12月 07日

新笹子トンネル開通50年

【新笹子隧道開通50年】

 昭和27年の新道路法により、甲府から東京を結ぶ新一級国道は、旧国道8号線(大月~富士吉田~御坂峠~石和)から甲州街道のルートである新国道20号線(大月~笹子峠~勝沼~石和)に変更となりましたが、東京との産業・経済・文化を結ぶこの大動脈には、標高1096m、急坂、屈曲が多い最大の難所である笹子峠がありました。

 甲州街道の時代から、笹子峠は最大の難所であり、昭和13年3月に笹子峠の頂上付近に250mのトンネルを完成させるなど、県道として大月~勝沼間の改良は行われたものの、笹子峠越えは急勾配、未舗装、道幅の狭さな
ど、山梨県の発展に大きな影響を及ぼしていたことから、山梨県は昭和27年の旧道路整備特別措置法に基づき、峠を貫く新笹子隧道を有料道路として完成させることを計画しました。

 昭和29年から調査測量が始まりましたが、県の財政が悪化し財政再建団体への転落が迫ろうとしているなど、トンネル建設が危ぶまれたことから、国からの建設費を強力に要請した結果、新笹子隧道は国の直轄浩司として昭和30年10月に着工され(後に日本道路公団の設立により公団直轄工事として引き継がれました。)、総工費12億8500万円、総延長3005mのトンネルが完成し、50年前の本日、昭和33年12月7日に、関門道路トンネルに次ぐ当時日本第二位の長さを誇る道路トンネルとして開通しました。

━新笹子隧道開通記念展覧会しおり━
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 「ここに設けられた記念展覧会は、ささやかなものでありますが、新笹子隧道の実現を始め、数々の郷土建設につくされた人々に、心から感謝を捧げつつ、富める山梨は、決して迂遠なものではなく、最早われわれの手の届く所まで至ったことを、県民の皆様に御報告申上げ、これを景気として、さらに富郷への道を、力を合わせて進んでいただきますようにとの念願からであります。」と、このしおりの中に展覧会の趣旨が記さています。
 
 開通記念展覧会は、昭和33年11月22日から12月10まで、山梨県民会館大講堂と県民会館ビル建設前の隣接地を会場として、「お猿電車」「農業展」「今昔物語」「商工展」「観光展」を内容として開催されました。


━新笹子隧道開通記念祝賀行事プログラム━
 
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 11月22日から12月10日までの間、県内全域において様々な記念祝賀行事が行われました。
 ○ 一般バス現地見学
 ○ 笹子トンネル交通量懸賞募集(山梨日日新聞主催)
 ○ 新笹子隧道開通記念論文の募集(山梨時事新聞主催)
 ○ 新笹子隧道開通記念実況放送(NHK)
 ○ 隧道記念打上花火
 ○ 開通記念スライド上映会
 ○ 連続放送劇(笹子峠物語)
 ○ 関係郵便局記念スタンプ
 ○ 関係市町村提灯行列
 ○ 開通記念駅伝

━笹子トンネル通行券(昭和34年11月18日)━

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 トンネルの開通後、甲府~東京間は従来の御坂峠越えの旧国道8号線166kmから136kmとなり、笹子峠の難所越えに要する時間も約45分から10分足らずで通貨できるようになり、所要時間は3時間40分となりました。
 首都圏と隣接していながら、山岳地帯の交通不便による地理的悪条件の克服に新笹子隧道の開通は大きく貢献しました。
 
 開通後、笹子トンネルは日本道路公団の有料道路(通行料:大型車600円、トラック300円、普通乗用車250円、小型車150円)として、昭和46年3月まで営業され、予定よりも7年早く4月から無料化となり一般国道として移管され現在に至っています。


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by kaz794889 | 2008-12-07 13:05 | 史料 | Comments(0)


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