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2008年 11月 16日

旧甲府刑務所跡を訪ねて

【旧跡地を訪ねて】
 
 現在の場所(甲府市堀之内町)に昭和55年4月に移転するまで、甲府市立琢美小学校や旧山梨厚生年金会館のある甲府市朝気1-2周辺に甲府刑務所は所在していました。
  移転から約30年が経過し、現在は住宅地となった一帯を訪ねました。

【甲府刑務所の沿革】
  明治6年5月甲府橘町の約11,784坪の地に監獄署が設置され、同19年
 8月に甲府監獄、同22年に山梨県監獄署と改称された後、同36年に当時
 の司法省直轄となり甲府監獄と改まりました。
 当時の甲府監獄は橘町1番地の西側、現在の丸の内2丁目周辺に所在していたため、明治36年の中央線甲府駅開業時、駅と監獄の位置は道路一つ隔てた状態であつたため、駅前一帯の広大な地域を占めていた甲府監獄の位置が問題となり、多くの市民から移転が強く要望されたことから、同39年4月に西山梨郡里垣村大字梅ヶ坪(現在:甲府市朝気1-2)の約21,951坪の地に移転が決定し同時に新庁舎の建築が始まり、同45年3月に竣工・移転しました。
  なお、橘町の甲府監獄跡地は大正4年までに整地区画され市街地となり、現在に至っています。

━移転地の新庁舎━ 
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  大正11年10月14日の官制の改正により、甲府監獄も甲府刑務所と改称され、昭和12年8月には里垣村の甲府市合併に伴い、所在地も甲府市善光寺町100番地と改称されました。

━郷土風景(昭和8年9月発行)より━
『刑務所風景』
 見るからに冷たそうな刑務所のスケッチ、今では大分モダン化して刑務所独特の赤煉瓦の塀もコンクリートに変っている。其北を東へ流れているのは甲府夜曲にある濁川で、遥か彼方に連る山脈は南アルプスの一部である。
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 昭和20年7月の甲府空襲により、庁舎・施設の90%が焼失し、同21年度以降順次復旧工事を行い、同26年10月に復旧工事が完了し、以来、同55年4月の移転に至っています。

━戦災復旧後の庁舎本館━
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 空襲により焼失した箇所を復旧させ、昭和55年4月の移転時まで使用されていた庁舎本館。
 竣工時に比べ、屋根周辺が改装されています。
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【跡地を歩く】
  旧甲府刑務所は、前述のとおり、現在の甲府市朝気1丁目2から3、
一等官舎といわれた幹部官舎のあった城東2丁目28を含めた一帯に
ありました。
  今から約30年前の刑務所移転当時の様子は次のとおりです。
  正門は朝気通りに面した、琢美小学校と朝気ふれあい公園の間の
道路を少し入った小学校と公園の角附近にあり、正門を中心に、高い
塀が北側は濁川、南側は「総合女性センター入口」のバス停附近まで
巡らされ、朝気通りに面して大人の胸程度の高さの塀があり、奥まった
高い塀(琢美小学校の西側沿いの位置)と、通りに面した低い塀の間に
は空間(自動車を縦に3台並べた程度の奥行き)があり、バス停附近に
は煉瓦造りの「物品受渡場」と石に刻み込まれた建物が建っており、そ
こから南側には刑務官の一戸建官舎が建ち並んでいました。
 旧山梨厚生年金会館前の道路が刑務所の裏側にあたります。
 刑務所の裏側は、現在の広い道路からは想像できないほど狭い、自
転車のすれ違いが可能な程度の未舗装の道路が裏側の塀に沿って南
北に通じており、北に向かって左側には刑務所の塀とともに現在は暗渠
となっている小さな川が流れ、右側の道沿いには全く人家がなく、葦が鬱
そうとした空き地が続き、濁川に架かる幅員の狭い第一池添橋に続いて
いました。
 
━琢美小学校と朝気ふれあい公園の間の道路━
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  緑の木立が朝気ふれあい公園、道を挟んだ反対側が琢美小学校。
  公園沿いの亀甲形の石を用いた塀は、移転前に朝気通り沿いにあ
 った低い塀として使割れていたものです。当時は、もう少し高さがあっ
 たようです。

━濁川の排水溝━
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  刑務所の北側は、濁川に沿っていました。この写真では暗くて見え
難いですが、「川をきれいに」の看板の下が、濁川に面した刑務所の
排水溝口です。
また、排水溝口の左側は刑務所建設当時に作られた石積です。

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 排水溝口を近くで写しました。

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 排水溝口に続く石積みです。

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  東側から西側に向けた、濁川に沿って続く石積みです。
  移転前は、この石積みの上に高い塀が巡らされていました。


【訪問後記】
  刑務所跡地を早足で訪ねました。跡地に残る遺物はここで紹介し
たもの以外に、朝気ふれあい公園の東側入口附近で使用されてい
る敷石の一部に、その可能性が考えられましたが、断定できません
でした。
 以前、朝気ふれあい公園内に、この場所への刑務所新築を記念し
た「建築之碑」といった石碑がありましたが、今回訪れた際には見当
たりませんでした、どこか由緒のある場所(現在の甲府刑務所とか)
に移動させたのでしょうか。
  また、旧刑務所正門の一部は、どこかに移築保存されているよう
です。
  石碑の移転場所、旧正門の移築場所をどなたか御存知であれば、
御教示ください。




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by kaz794889 | 2008-11-16 14:45 | 訪問記 | Comments(2)
Commented by 凡苦楽庵 at 2008-11-16 17:23 x
旧刑務所の正門は、堀之内の構内に移築されています。拙ブログのカテゴリー「門・塀」の中に写真があります。毎年11月23日がお祭りで開放されていますので、ご覧になれます。
Commented by kaz794889 at 2008-11-16 21:57
 凡苦楽庵 さま
 早速、御教示いただきありがとうございます。
 『やまなし・まちかど図鑑』を拝見させていただきました。
 今後とも、よろしくお願いいたします。


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