峡陽文庫

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2008年 11月 24日

甲府からのハイキング

 昭和初期における自然志向の広がりなどにより、登山・ハイキング活動とともに郷土の文化・歴史を研究する、甲府ワンドラーが創立するなど、昭和10年頃から全国的に徒歩旅行であるハイキングが流行し始めました。

━甲府からのハイキング━
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 甲府市役所内の甲府観光協会が発行したハイキング案内。日帰り案、京浜、静岡、諏訪など各方面からの一泊案などが掲載されています。



━甲府からのハイキング━
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 名古屋鉄道局が昭和12年3月に発行した小冊子風の案内です。なお、昭和25年4月に名古屋鉄道局甲府管理部が廃止されるまで、甲府は名古屋鉄道局の管轄区域でした。




 昭和12年7月の日中戦争勃発、同13年4月の国家総動員法公布などによる戦時体制下、旅行の目的は心身教練にあるという意見が強まり、練成旅行と名称を変えて行われるとともに、時代の風潮として享楽的な旅行の概念を一変させ、祖国や郷土を認識して心身を教練する、国策的な旅行である、史跡や遺跡巡りが奨励されていきました。

━国民精神総動員 ハイキングコース━
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 山梨県が発行したハイキングコースの案内であり、体力増進・精神修養ハイキングコースとして、富士山麓、甲府近郊、身延・下部、御嶽・増富、南アルプス、大菩薩方面と県内全域についての案内となっています。



━甲府からの史跡名勝めぐり━
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 甲府市役所、甲府観光協会が発行した案内であり、「御奉公の道は先づ心身の練成! 歩いて剛健なる体力を培いませう」と掲げながら、県内各地の史跡・名勝めぐりを紹介しています。




 軍事輸送の増加により、一般旅客を抑制させるため、不要不急の旅行は止めるよう呼びかけられ、昭和15年からは乗車券制限などがなされるようになり、当時の鉄道省は「不要不急の旅行は遠慮して国策輸送にご協力ください。」とのポスターを各駅に掲出しました。
 昭和19年4月からは、決戦非常措置要綱に基づく旅客輸送制限が行われ、東京都区内、川崎・横浜市内の鉄道駅から100km以上の旅行には、警察署等での証明が必要となりました。 なお、東京方面等から甲府より先の駅に向けては、旅行証明書が必要となりました。

━山梨県景勝地と温泉案内━
『銃後国民の第一義は心身の強健にあり』
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 山梨県景勝地協会が発行した、景勝地と温泉案内。昭和15年7月に、新宿伊勢丹で開催された、霊峰富士山展で配布されました。



━爽涼の秋 ハイキングに━
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 甲府市相生町の温泉旅館 小松屋が発行した案内。



━心身の練成は!甲府からの山山━
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 甲府市役所・甲府観光協会が従来のハイキング案内に替わって発行した登山の案内。
 『甲府市を中心として四囲に繞らす高山峻岳は心身練成の道場である』としながら、甲斐駒、鳳凰山、白根三山などを紹介している。




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by kaz794889 | 2008-11-24 16:17 | 観光案内 | Comments(1)
Commented by ひろ坊 at 2008-11-26 22:58 x
甲府ワンドラーは、昭和9年(1934年)野口二郎氏が中心になって創立している。ある古本屋に甲府ワンドラーが編集したハイキングの本(1975年発行)があった。小生も20年以上前に友人や仲間とハイキングクラブを作って山梨県内や長野県の野山を駆け巡っていた。


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