2008年 11月 07日

富士川舟運

【富士川舟運】
 慶長12年、徳川家康は角倉了以に富士川の開削を命じ、了以、玄之の
親子二代により、慶長19年に鰍沢、青柳、黒沢の富士川三河岸から駿河
岩淵までの18里に舟を通じさせました。
 富士川舟運は、江戸幕府の年貢米を江戸に回送することを主たる目的と
して開かれたものですが、近世における経済発達に応じ、甲州のみでなく
信州から駿州を結ぶ物資輸送のルートとして、約300年間、経済・交通の
大動脈としての役割を担ってきました。
  当時、甲州から駿河まで、徒歩で2日を要した行程が6時間ほどで到着
できました。
  富士川舟運の華やかな時代は、甲府に鉄道が通じる明治36年頃まで
続きました。

━鰍沢町ヨリ七面山ヲ望ム━
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 鰍沢は、富士川三河岸の一つであり、その中心として、また、甲州の新し
い玄関口として富士川舟運の歴史とともに歩んだ町です。


━(富士川風景)鰍沢ノ河岸━
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 富士川舟運による、駿河からの上り荷、甲州からの下り荷などは、鰍沢
河岸に集まりました。
 これは、明治40年代頃における、富士川船への荷物の積み上げ作業
の様子です。
  
━送券━
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 明治初年、富士川舟運の重要性がより高まりました、このため、旅客
物資の安全輸送を図るため、時の県令藤村紫朗の主動により、富士川
運輸会社が設立され、船頭全てを会社所属とし、所属以外の者の通船
を禁止するなど、富士川通船を一手に握り会社が発展していきました。
 これは、富士川運輸合資会社の送券(荷物の送り状)です。
 なお、富士川運輸合資会社は、富士川運輸会社の組織替えにより誕
生した合資会社です。

━送リ券━
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 明治14年、同業会社の出現により富士川運輸会社の舟運統制が崩
れ誕生した会社の一つである、丸甲合資会社の送り券です。 

━諸荷物通送券━
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 青柳河岸にあった、青柳運輸会社の諸荷物通送券です。


━甲州富士川 鰍沢乗船場━
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 富士川の鰍沢乗船場です。

━乗船券━
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 富士川船への乗船券です。
 乗船地が鰍沢、上陸地が岩淵となった、富士川共同乗船所発行のものです。


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by kaz794889 | 2008-11-07 21:56 | 史料 | Comments(0)


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