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2015年 07月 12日

甲府 龍華山 永慶寺跡

【龍華山 永慶寺跡之碑】
f0191673_13102480.jpg 宝永元年12月、柳澤吉保が甲府15万石の甲府城主に任ぜられると、翌年10月に菩提寺建築を幕府に願い出、山梨郡岩窪村躑躅ヶ崎に「隠隠山霊台寺」を創建し、11月から本格的な整地、伽藍の建築を開始したが、宝永5年4月に山号寺号を「龍華山永慶寺」に改めるとともに、宗派を黄檗宗に改宗し、宝永7年8月に七堂伽藍を備えた菩提寺を建立している。

 「龍華山永慶寺跡之碑」はかつて永慶寺が建立されていた、現在の山梨県護国神社境内に平成15年7月に建設された石碑である。











[大和郡山紀行 柳澤家を歩く 1「永慶寺」]
http://kaz794889.exblog.jp/18743677/



【永慶寺に関わる石造物】
f0191673_13103854.jpg 柳澤吉保が正徳4年12月2日に六義園において逝去すると、永慶寺に葬られたが、享保9年3月、柳澤家の大和郡山への転封に伴い、永慶寺も大和郡山に移転し、甲府の伽藍は全て撤去され、柳澤吉保の墓所は恵林寺に改葬されている。
 
 写真は永慶寺時代の名残りの石造物であるが、刻まれていた文字は徹底的につぶされている。
 

















【永慶寺跡地に鎮座する山梨県護国神社】
f0191673_13104842.jpg 現在、永慶寺の後には昭和19年11月に創建された山梨県護国神社が鎮座している。























【永慶寺の遺構 Ⅰ】
f0191673_13110427.jpg 永慶寺の伽藍が撤去された際、堂宇等の一部は附近の寺院に払い下げられており、甲府市古府中町の曹洞宗寺院である「万年山 大泉寺」には、永慶寺の仏殿、総門、水盤などが移されている。

 仏殿は文化11年2月に大泉寺の七堂伽藍が焼失した際に失われているが、写真の総門は焼失を免れ現在も永慶寺の遺構として残されており、平成5年9月1日に「大泉寺総門」として甲府市の指定文化財に指定されている。
 

 














【永慶寺の遺構 Ⅱ】
f0191673_13105303.jpg 写真の中央左寄りに写る石造物が、正面に「奉寄進 水盤」、背面に「宝永七庚寅歳八月吉辰 現在 龍山叟代」と刻まれている、永慶寺から移されたといわれる水盤である。






















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by kaz794889 | 2015-07-12 14:48 | 柳澤吉保 | Comments(0)


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