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2015年 03月 22日

甲府道祖神祭礼幕と目黒不動

【歌川広重筆「甲府道祖神祭幕絵 東都名所 目黒不動之瀧」(部分)】
f0191673_09362748.jpg 甲府道祖神祭は、江戸中期以降の甲府商人の隆盛に伴い、当国一大盛事と称されるほど盛大となり、江戸後期に至ると人びとの関心は次第に商家の軒先に巡らせた長大な飾り幕へと移っていき、町内ごとに画題を定め江戸の浮世絵師に幕絵の製作を依頼し、趣向と贅をこらして競い合う祭りであった。
 明治期に入り、華美を誇った道祖神祭りも、その贅沢さと治安上の問題から明治5年11月14日の道祖神廃止令により廃止され、無用となった幕絵は処分・転用され、その殆どが失われ、現在確認されているのは三枚のみである。

 「甲府道祖神祭幕絵 東都名所 目黒不動之瀧」は、現在確認されているものの内の一枚であり、甲府緑町一丁目の商家の軒先に巡らせた「江戸名所」を題材とした幕絵(11枚~12枚)の中の一枚であり、初代歌川広重により天保12年頃に製作されたものと云われ、平成16年5月6日には山梨県指定文化財に指定され、現在は山梨県立博物館に所蔵されている。
 幕絵に描かれた目黒不動の現在を訪ねてみた。 

【目黒不動境内の独鈷の瀧と垢離堂】
f0191673_09363892.jpg 幕絵に描かれた東都名所「目黒不動之瀧」は、東京都目黒区下目黒の、天台宗泰叡山瀧泉寺、いわゆる目黒不動尊の独鈷の瀧であり、近年水量は減ったということではあるが、1年中水が枯れることなく、現在も龍御神水として、幕絵にも描かれている銅製の灯篭を中心に、その左右に二条の清水として銅製の龍口から注いでいる。
 また、幕絵にも描かれている小堂は、写真に写る現在の垢離堂にあたる建物だろうか。















【独鈷の瀧と男坂】
f0191673_09364372.jpg 幕絵には独鈷の瀧の右側に男坂が描かれている。
 写真の赤幕の下に写る階段が、目黒不動の本堂に通じる男坂である。




















【仁王門】
f0191673_09364839.jpg

 弘治3年に修理造営を行った堂塔も、元和元年の火災により、その殆どが焼失したが、その後、目黒不動を深く尊信する徳川家光により、焼失た堂塔が再建。以来、江戸近郊における参詣行楽地となり、門前町もにぎわったというが、再建後の堂塔は昭和20年の戦災により大半が焼失し、本堂、書院、鐘楼などは戦災後に再建されている。

 幕絵に描かれている仁王門も戦災で焼失しており、写真右側に写る朱塗りの門は、昭和37年に再建された仁王門である。
 













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by kaz794889 | 2015-03-22 20:15 | Comments(0)


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