2015年 02月 11日

甲府ワンドラー

【甲府ワンドラー発会式を伝える新聞記事】
f0191673_10521573.jpg 本年2月5日の山梨日日新聞に「甲府ワンドラー解散 会員高齢化 80年の歴史の幕」と題する新聞報道があった。報道によれば「登山ハイキングクラブの甲府ワンドラーは昨年末、80年にわたる活動を終了し、解散した。会員の高齢化などが理由で、関係者からは惜しむ声が聞かれた。」とのことである。

 甲府ワンドラーは野口二郎、高野孫左衛門、大沢伊三郎の主唱により「野を歩め、山に行け、光を浴びよ」を綱領として発足したハイキンググループであり、昭和9年7月1日に発会式が開かれ、開式後第一回の徒歩旅行先である、北巨摩郡登美村の登美台地(現在の甲斐市)に向けて出発している。

 当時の山梨日日新聞記事によると、制服制帽姿の会員40余名が集まり、昭和9年7月1日7:30に甲府城の謝恩塔下にあった池畔で発会式が行われている。
 開会式は、甲府ワンドラーの提唱者である野口二郎(当時の山梨日日新聞社社長)の開会の辞、その後、理事選挙が行われ野口二郎が理事長となっている。
 開式後、会員は四班に分かれて山日ペナントを先頭に女性班から登美台地に向けて出発。白亜館農園事務所での昼食後、登美村に因む郷土史講演会が行われている。14:00には帰路に向かい登美村、敷島村を経て荒川伝いに県営球場(現在の飯田球場)に出て17:30に散会している。

 また、甲府ワンドラーの発足は、その後、山梨日日新聞と甲府ワンドラーとの共催で昭和11年8月6日に山梨、神奈川の県境である境川畔から第一歩を踏み出した、第一回甲州夏草道中につながっている。
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【謝恩塔下にあった噴水池】
f0191673_12222776.jpg 甲府ワンドラーの発会式が行われた、昭和20年代中期の謝恩塔下の池畔である。
 甲府城整備により、現在は芝生広場的な状態となっているが、謝恩塔下には、かつて噴水池が設けられていた。
 池の中央に建つ石造物の上には、かつて鶴の像があり、鶴の口部分が噴水の噴出口となっていたが、戦時中の金属の供出で失われている。







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by kaz794889 | 2015-02-11 12:19 | Comments(1)
Commented at 2015-02-13 18:57 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。


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