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2014年 09月 15日

昭和30年代の甲府市街

【甲府城から見た昭和30年代の甲府市街】
f0191673_13173806.jpg
 甲府城から眺めた南方方向の甲府市街地である。
 この位置からの甲府市街は既に明治期から数多くの写真が残されている。
 平成以降、甲府城跡の整備が進み、遊亀橋を渡った城内広場も現在は整備され、写真の面影も過去の光景となっている。


















【甲府市街の建物】
f0191673_13174196.jpg 大正7年8月15日の夜、米価高騰抗議甲府市民大会の群集により若尾本家の建物が焼き討ちされ、その後建設されたのが若尾ビルである。
 戦災にも焼け残り、終戦後はGHQに接収され、接収解除後は甲府電報局の庁舎となっている。また、建物の左側に写る土蔵は若尾本家の土蔵である。

 進徳幼稚園は創立時からこの位置にあり、園舎は戦災にも焼け残ったが、写真に写る園舎は立て替えられたものであり、その後、同幼稚園が移転した後は、建物をそのまま利用した甲府市立丸の内保育所となっている。現在この位置には甲府市社会教育センターが建てられている。












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by kaz794889 | 2014-09-15 13:49 | Comments(0)


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