2014年 08月 10日

金櫻神社 1

【金櫻神社 拝殿全景】
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 金櫻神社は少彦名命、素戔嗚命、大巳貴命を祭神とした神社であり、雄略天皇の御代に金峰山山頂に鎮祭されていた祭神の里宮がこの地に開かれたという。
 文武天皇の御代に至り、大和の国の金峰山から魔障を除く仏である蔵王権現が祀られ、神仏併せ持つ日本三御嶽、三大霊場として広く知られ隆盛を極め、領主、武将の信仰も厚く寄進された鎌倉、室町期からの社殿を始めとする宝物は時代の文化の粋を集めていたが、明治維新後の神仏分離により信仰も薄らぎ、社家も分散し往時の姿は次第に薄らいでいったという。
 なお、大正10年9月21日に県社に列せられている。








【金櫻神社 参道石段からの全景】

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  昭和30年12月18日、電気工事作業員のコタツの火の不始末が原因(当時の新聞記事による。)で境内の社殿等九棟が全焼しており、現在の社殿はその後再建されたものである。
 焼失した社殿の内、中宮本殿及び東宮本殿は鎌倉、室町期の建物であり、明治40年8月28日に旧法の国宝に指定されていた重要文化財であった。
 社殿の焼失後、焼失前の境内段差は平地かされ、往時の境内の面影は失われている。
 
 焼失前、かつての金櫻神社については次回としたい。 










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by kaz794889 | 2014-08-10 18:57 | 神社 | Comments(0)


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