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2014年 06月 16日

愛宕山荘

【愛宕山荘跡】
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  平成15年の移転まで甲府地方裁判所の所長官舎が置かれた甲府市愛宕町85-1の地は、平成18年5月に山梨県教育委員会と山梨県埋蔵文化財センターにより、その敷地内の調査が行われ、甲府城築城時における石材調達を行った石切り場跡の遺構が確認され、平成21年11月12日に「甲府城愛宕山石切場跡」として山梨県指定の史跡に指定されている。




【愛宕山荘 大木別宅】
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  この場所は、製糸場を営む甲府市八日町66番地の大木善右衛門の別宅「愛宕山荘」であった。
  敷地内にはその由来を記した「愛宕山荘碑」と篆額された石碑が残されておりその由来が刻まれている。
  なお、愛宕山荘の敷地と家屋は歩兵第49連隊(甲府連隊)の連隊長公舎として、昭和13年頃まで使用されていた(当時の甲府郵便局編纂の山梨県電話帳によると昭和13年7月現在の電話帖から、当該住所地を住所とする加入者は大木善一郎となっている。これは、昭和13年12月1日にそれまでの当主であった大木善右衛門が隠居し、長男である善一郎に家督相続させていることに関係があるのだろうか。




【愛宕山荘跡敷地内に建つ石碑】f0191673_11274329.jpg
  敷地内には前述の「愛宕山荘碑」の他に、大正11年10月に建立された「園記」と篆額された石碑が残されており、その石碑には文禄2年に浅野長政が府中城(甲府城)を築いた遺跡であることが刻まれている。
  <「園記」の写真データはM氏からご提供いただいたものである。>




【園記及観月楼ヲ見ル図】
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  写真に写る石碑は園記が記された石碑であり、後方に建つ観月楼は、現在の敷地の東側端より更に東側(現在は他の所有者の敷地)に建てられていることから、当時は現在よりも更に広い敷地であったことが推察できる。




【北眺望台ヨリ別宅ヲ臨ム】
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【東側の通路から見た山荘跡】
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  敷地の東側に沿って通じる道から撮影したが、敷地内は草木によりその概観を見るのは難しい状況である。



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by kaz794889 | 2014-06-16 14:00 | Comments(0)


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