2014年 05月 06日

明治45年東宮行啓を歩く 3 【誓願寺境内御野立所】

【大宮山 誓願寺】
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  山梨県行啓(明治45年3月27日から4月4日まで)において、東宮殿下(後の大正天皇)は近郊行啓として4月1日に西山梨郡里垣村(現在:甲府市東光寺1-3-27)の浄土宗大宮山誓願寺境内に設けられた御野立所に成らせられている。


【明治末期の市街図】
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誓願寺は甲府市の愛宕山南麓にあり、昭和12年8月に甲府市に合併するまでは西山梨郡里垣村に位置していた。  



【里垣村誓願寺境内御野立所ニ成ラセラル】
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  明治45年4月1日7時30分に御泊所である甲府城内の機山館を御出門され、誓願寺に成らせられている。
  山梨県行啓の主たる目的は近衛旅団幹部演習の御視察であり、前日の3月31日14時25分に甲府駅着の列車により到着された近衛師団長閑院宮殿下も、当日誓願寺に先着され、東宮殿下とともに演習を御覧になっている。




【誓願寺境内】
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  誓願寺境内の現在の状況である。
  正面の総門は甲府空襲により焼失し再建されている。




【誓願寺御野立所】
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  誓願寺境内、鐘楼の東側に御野立所が設けられている。



【「皇太子嘉仁親王駐駕之所」碑】
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  東宮殿下の駐駕を記念し、東宮大夫波多野敬宜の書により御野立所が設けられた位置に大正2年に建立された「皇太子嘉仁親王駐駕之所」記念碑である。



【誓願寺境内】
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  東宮行啓時の誓願寺本堂である。
  写真の本堂、方丈、庫裏、総門などの諸堂は甲府空襲で焼失している。



【誓願寺本堂】
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  再建された現在の誓願寺本堂である。




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by kaz794889 | 2014-05-06 12:55 | 明治45年東宮行啓を歩く | Comments(0)


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