峡陽文庫

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2014年 04月 27日

「花子とアン」とその時代

【NHK 連続テレビ小説 『花子とアン』】
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  赤毛のアンの翻訳者である村岡花子の波乱万丈の半世紀として、NHK連続テレビ小説『花子とアン』が放送(平成26年3月31日~9月27日)されている。
  主人公である村岡花子は明治26年6月に父・安中逸平、母・てつの長女(8人兄弟)として甲府市に生まれ、2歳の時に日本基督教団甲府教会で幼児洗礼を受け、明治31年、5歳の時に一家は東京南品川に転居している。その後、東洋英和女学校高等科を卒業した花子は、甲府の山梨英和女学校の英語教師とし大正3年4月に着任し、退職した大正8年3月まで甲府で生活している山梨県ゆかりの文学者である。
  主人公である村岡花子が山梨県にゆかりがあるため、『花子とアン』には山梨を舞台とする場面が少なくない。もちろん、テレビドラマとしてその内容には、フィクションと事実をが織り交ぜられている。
  ドラマに出てくる山梨について、その内容と時代の状況を見ていきたい。




【歩兵第四十九連隊 行軍 桜町】
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 第4週「嵐を呼ぶ編入生」が放送された週、4月26日の放送最終場面は、歩兵第49連隊が甲府入りし、徳丸と武の親子がこれで景気がよくなると気勢を上げている。
 
 歩兵第49連隊が甲府を衛戍地に定め、甲府に到着したのは明治42年4月22日である。
 明治38年4月に歩兵第49連隊が東京で編成され、その後日露戦争に伴う樺太進撃、3年間に渡る韓国警備を終え、同連隊は明治41年11月に内地に帰還し習志野の仮兵舎に入っている。
 その後、山梨県内において連隊誘致運動が進められることとなった。
 連隊誘致により兵営が甲府に設置されることとなれば、3000人の人員を擁する連隊が常駐することとなり、兵隊に対する物資の供給や、兵隊が甲府市内で消費することなどが、連隊誘致に向けた最大の理由である。 

  写真の絵葉書は歩兵第49連隊が桜町通りを北から南に向けて行軍する様子であり、歩兵第49連隊入峡記念のスタンプが押されている。




【明治42年3月の甲府市街図】
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  明治42年3月15日発行の甲府市街図である。歩兵第49連隊が甲府に設営される以前の発行によるものであるが、赤線で囲まれているとおり、既に歩兵第49連隊の位置と名称が記されている。





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by kaz794889 | 2014-04-27 01:55 | 花子とアンとその時代 | Comments(0)


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