2014年 01月 08日

八田国民学校奉安殿

【八田国民学校奉安殿】
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 各学校に下賜された御真影や教育勅語は校舎内の奉安所に安置されていたが、学校火災において御真影を守って校長が焼死する事件が発生したことなどから、大正期以降は御真影を安置するため校舎から離れた堅牢な奉安殿が建設されるようになり、昭和10 年代以降は全国的にその建設が進められ、木造、コンクリート等による神社形式や洋風形式の形態による奉安殿が建設されていた。
 終戦後、連合国最高司令官総司令部参謀副官発第三号(昭和20年12月15日)として「国家神道、神社神道ニ対スル政府ノ保証、支援、保全、監督並ニ弘布ノ廃止ニ関スル件」が発令され、奉安殿の撤去が命じられるなど、公的教育機関からの神道の切り離しが本格化し、文部次官通牒による奉安殿の撤去指令が出され「校舎外にあるものは原型を留めないように撤去すること」「校舎内や講堂の御真影奉掲所は御紋章や棚を撤去すること」「撤去措置について市町村長は県に報告すること」などが指示されている。



【八田国民学校奉安殿】
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  八田小学校(南アルプス市)の奉安殿は建設費213円55銭を以て大正5年1月6日に起工、同年10月31日に竣工し、終戦後の昭和21年7月11日に撤去され百田村の個人に払い下げられた後、同年10月に戦没者慰霊殿となり、現在も残されている。



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by kaz794889 | 2014-01-08 18:07 | 奉安殿 | Comments(0)


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