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2014年 01月 01日

韮崎御昼行在所跡

【韮崎市立韮崎小学校の正門旧門柱】
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  明治天皇による明治13年の一府二県(山梨県、三重県、京都府)御巡幸において、韮崎学校(現在の韮崎小学校)は6月22日の御昼行在所となっている。
  当日は、前日の行在所である甲府錦町の山梨師範学校を午前7時に御発駕され、竜王村の小宮山貞彰宅に御小休の後、午前9時30分に韮崎学校に着御され、御昼餐の後、午前11時20分に御発輦され、円野村の朝政宅に御小休の後、午後5時に菅原行在所(北原延世宅)に着御されている。
  御昼行在所となった当時の韮崎学校は、いわゆる藤村式建築として明治11年に着工し概ね竣工(新築校舎の開校式は明治14年7月22日に挙行)した新校舎の二階が御座所に充てられている。
  なお、明治天皇御巡幸から40年目にあたる大正9年6月22日に、6月22日が学校記念日として定められている。



【明治天皇行在所記念之碑】
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【明治天皇御昼餐所跡碑】
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 「明治天皇行在所記念之碑」は、明治天皇御巡幸当時の校舎が老朽・狭隘化したことから、新たに校舎を建設したため、行在所となったことを永く記念するため、元帥伯爵東郷平八郎の表題、韮崎町外二ヶ村組合長小林小六の碑文により建設され、大正14年7月30日に序幕式が挙行されている。
  また、「明治天皇御昼餐所跡碑」は、昭和9年に山梨県聖蹟として指定されたため、昭和10年2月に建立された記念碑である。

【明治13年御巡幸記念録】
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  昭和4年6月22日から24日までの3日間、明治天皇山梨御巡幸50周年記念展覧会が韮崎尋常高等小学校及び韮崎実科高等女学校内に於いて開催され、校舎内の全教室が陳列品等のために提供され、その内の一室である裁縫作法室(御巡幸当時の御座所)が御巡幸記念室に充てられるなどしている。
  こうして集めた御巡幸関係資料が展覧会閉会後に散逸することを防ぐため、昭和5年8月に謄写により三部が作成されたが、僅か三部の記録を憂いた韮崎町の有志により、「編者労を多とし保存の不安の幾分にても寛和せらるれば幸甚なり」を趣旨として昭和7年10月に百部刊行された42頁の冊子である。




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by kaz794889 | 2014-01-01 17:58 | 明治天皇旧蹟 | Comments(0)


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