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2013年 03月 16日

大和郡山紀行 柳澤家を歩く 2 「柳澤家墓所」

【永慶寺の柳澤家墓所】
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  柳澤家墓所は、菩提寺である永慶寺内の西側墓地内中央の塀に囲まれた場所が柳澤家墓所である。
  なお、藩祖柳澤吉保の墓所は山梨県甲州市の恵林寺に、初代郡山藩主である柳澤吉里から第5代藩主 柳澤保興までの藩主の墓所は東京都新宿区の月窓寺にあり、永慶寺は、最後の郡山藩主であった第6代柳澤保申以降の柳澤家当主らの墓所となっている。



【第5代郡山藩主 柳澤保興の正室淑姫の墓】
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  墓所の右側の門を入った正面が、第5代郡山藩主であった柳澤保興の正室である淑姫の墓である。
  淑姫は第8代薩摩藩主島津重豪の11女である。  




【第7代旧郡山藩主 柳澤保恵の墓】
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  第7代旧藩主にあたる柳澤保恵(明治3年12月16日~昭和11年5月25日)は、越後黒川藩主・柳沢光昭の次男として生まれ、旧姓は黒川光敏と称していたが、明治19年に第6代藩主柳沢保申の養子となり、保申の次女秀子と結婚し保申の死後、家督を相続している。





【第6代郡山藩主 柳澤保申の墓】
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 第6代藩主である柳澤保申(弘化3年3月25日~明治26年10月2日)は、第5代藩主柳澤保興の三男として郡山城で生まれ、嘉永元年の保興死去に伴い家督を継いでいる。
 明治2年6月17日の版籍奉還により知藩事となり、明治4年の廃藩置県で免官されている。その後、明治17年に伯爵を授爵している。




【第8代旧郡山藩主 柳澤保承と妻尚子の墓】
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 第8代旧藩主にあたる柳澤保承(明治21年12月~昭和35年10月25日)は、第6代藩主柳澤保申の長男として生まれたが、保申の逝去後、黒川藩の黒川光敏が柳澤保恵として家督を継ぎ、昭和11年の保恵逝去に伴い第8代として柳澤家の家督を継いでいる。終戦後の昭和22年、公選による初代郡山町長を務めている。
 柳澤保承の妻である尚子(明治27年6月~昭和48年12月)は、旧佐賀藩主鍋島直大の5女として生まれ、大正元年に柳澤保承と結婚している。




【第6代郡山藩主 柳澤保申の正室明子の遺髪碑】
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 第6代郡山藩主柳澤保の正室である明子は、左大臣一条忠香の三女として生まれ、明治35年に逝去している。
 柳澤家墓所にあるのは遺髪碑であり、墓所は品川区の東海寺に建立されている。







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by kaz794889 | 2013-03-16 22:08 | 大和郡山紀行 | Comments(0)


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