2011年 12月 11日

明治天皇 上野原行在所跡

【上野原行在所跡】
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 甲州街道上野原宿本陣は、明治13年の明治天皇による山梨、三重、京都御巡幸において、御泊行在所と定められ、6月17日午後5時に御着輩、翌18日午前7時に御発輩されている。

【上野原行在所跡 中門】
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 天保2年に上野原宿に大火があり全宿類焼の被害であったが、本陣の建物は地面よりも何段か高い上部にあったため焼失を免れたとも言われている。
 旧本陣の当主であった加藤景明が御巡幸に際し行在所の出願を行い、御用掛による4月の検分の結果、5月7日に内定するとともに、14件の修繕箇所を指示されている。
 中門は現在も唯一残る行在所当時の建造物である。

【上野原行在所跡 中門内】
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 中門内側の現状であるが、行在所当時の建物は昭和22年4月3日に焼失し烏有に帰している。

【焼失前の上野原行在所】
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 昭和15年当時の上野原行在所の建物である。
 上野原行在所は昭和8年11月2日に「明治天皇上野原行在所」として国の史跡に指定され、同月10日には史跡指定記念式が挙行され、昭和9年1月30日には行在所の管理者として当時の上野原町が指定されている。
 また、明治13年の御巡幸以来、地籍の売買により明治29年10月には加藤家から竹中氏に、明治30年5月からは藤田氏が所有している。

【上野原行在所外門跡】
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 甲州街道(国道20号線)に面した上野原行在所の入り口である。
 かつてこの場所には外門があり、その脇には「明治天皇上野原行在所」と揮毫された石碑が建てられていたが、外門は昭和29年3月31日に焼失している。


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by kaz794889 | 2011-12-11 20:21 | 明治天皇旧蹟 | Comments(0)


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