2011年 12月 04日

関山遊郭

【関山遊郭栃木楼】
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 関山遊郭は山梨県内に二か所設置されていた遊郭の一つである。
 風紀上好ましくないとの意見などから、市街の中心地からは離れた場所に明治33年12月に建設されている。
 当時の遊郭内の配置は、北側に大門である遊郭の入り口が置かれ、大門を入った左側には関山遊郭請願巡査派出所が置かれていた(明治43年5月1日から大正元年12月31日までの間)。
 全盛期、遊郭内には七つの妓楼(中米楼、大黒楼、日吉楼、今寿楼、東京楼、清川楼、金生楼、)と床屋、診療所などが置かれていたが、大正期になると妓楼は中米楼、今寿楼、金生楼の3軒となり、昭和期には中米楼と金生楼の2軒となり、戦時中にはその2軒が軍の病院に転用されるなどしながら、昭和33年3月の防止法施行により関山遊郭は消滅している。
 なお、栃木楼はその後、金生楼と名称が変更されている。

【大門の跡】
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 写真の正面がかつての大門の位置である。

【現在の状況】
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by kaz794889 | 2011-12-04 15:18 | Comments(1)
Commented at 2011-12-08 14:53 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。


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