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2011年 08月 23日

戦時期の山梨 6 「動員学徒援護会山梨県支部」

【動員学徒援護会山梨県支部設置ニ関スル件】
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 昭和17年1月9日の国民勤労報国協力令施行規則に基づく学徒動員令により、学徒の勤労動員が始まって以来、昭和18年6月25日の本土防衛のための軍事訓練と勤労動員の徹底を図るための「学徒戦時動員体制確立要綱」の閣議決定、昭和19年8月23日の学徒勤労動員に対する法的根拠措置としての「学徒勤労令」の公布など、勤労動員の強化が図られ、山梨県内の全中等学校生徒は軍や民間の工場、農場などに動員されていた。
 こうした軍隊などに動員された学徒の、業務上における災害救済と教養指導を主な事業とした「動員学徒援護会」が昭和20年3月8日に文部大臣を会長として文部省内に設立され、山梨県においても山梨県告示第150号により同会の山梨県支部が同年6月15日に設置された。

【動員学徒援護会山梨県支部規程】
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 動員学徒援護会山梨県支部の設置に伴い定められた、同会山梨県支部規程である。
 山梨県支部は山梨県庁学務課内に置かれ、支部長は中島賢蔵山梨県知事、副支部長には県庁内政部長と教育会山梨県支部事務局長の2名、参与には県庁経済部長、警察部長、甲府中学、甲府高等女学校、農林学校、甲府男子国民学校、甲府女子国民学校、甲府女子青年学校の各校長ら8名が就任している。(山梨県支部の役職員としては、前記のほかに幹事、書記が24名就任している。)
 
 なお、動員学徒援護会は昭和20年7月1日に「財団法人勤労学徒援護会」となり、昭和22年1月7日には、終戦後の混乱から生活に困窮する学生・生徒に対する支援を主な事業とする「財団法人学徒援護会」となり、平成元年4月1日には新たに「財団法人内外学生センター」となり、現在に至っている。





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by kaz794889 | 2011-08-23 13:04 | 戦時期の山梨 | Comments(0)


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