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2010年 10月 03日

甲府城山手御門

【再建された甲府城山手渡櫓門】
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 甲府城内への出入口として、かつて追手門、山手門、柳門の三つの門が配置され、この内、甲府城の内城の最北端にあった門が「山手御門」である。
 平成9年に日本鉄道建設公団用地内で山手御門に関する堀や土橋などが出土し、それに係る発掘調査の結果、山手御門の位置が特定、確認されたことなどから、JR甲府駅の北口で甲府市歴史公園の建設を進めてきた甲府市により、この山手渡櫓門と山手門が平成19年に再建されたのである。 

【甲府市歴史公園 甲府城山手御門案内図】
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 城外から木橋と土橋で堀を渡った先に山手門があり、その先の虎口空間を直角に折れた位置に二層の山手渡櫓門が置かれている。

【甲府城周辺の地図(明治時代後期)】
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 この地図は、明治42年3月に発行された「改正新刻 甲府市街全図(縮尺5000/1)」の甲府城周辺の部分である。
 山手御門の場所は「甲府停車場」と記載された「甲」の文字の上部である。
 前記の案内図に示されている山手門への土橋や掘割が残されていることが明確に記されている。こうした掘割等について、大正初期頃までの甲府市街図などに記されているが、その後、この場所に鉄道官舎が建設されるなどしたため、掘割なども埋め立てられ山手門のあった跡形は完全に失われていた。 



【甲府城山手御門附近の発掘調査 1】
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 山梨文化会館前から南側の発掘状況である。

【整備後の現状】
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 平成9年に山手門跡の周辺において、約60mにわたって出土した掘割や石垣は埋設保存され、その位置には芝生が植えられている。

【甲府城山手御門附近の発掘調査 2】
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【甲府城山手御門附近の発掘調査 3】
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【発掘調査2及び3附近の現状】
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by kaz794889 | 2010-10-03 15:31 | 甲府城 | Comments(0)


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