2010年 05月 15日

富士川下り

【初秋の霊地ハイキング 富士川下り】
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 JR身延線が国鉄移管前の富士身延鉄道であった頃、東京、横浜近郊の駅向けに同社が発行したチラシである。
 身延山周辺のハイキングと併せ、富士川下りがオプションとして案内されている。
 江戸時代から甲斐と駿河を結ぶ交通の要路であった富士川舟運は、昭和3年の身延線全通頃までに、その本質的な役割は終えていたが、波高島と身延の間(所要時間約一時間)においては、観光としての富士川下りが営業されていた。
【沿線案内 富士川に沿ふて】
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 富士身延鉄道が発行した「沿線案内」である。
 富士川下りについて、この沿線案内においては「左岸では天空に聳える八木沢の絶壁が連なり、急流は身延裏山の麓を回って紆余曲折、スリルを満喫させつつ軽舟はさながら生あるものの如く身延まで流れ下る。」
と記されている。
 また、波高島、身延間の富士川下りの料金は、一艘5人までで2円50銭であった。


━(甲斐国) 富士川の下り船━
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 前記の富士川下りより以前、富士川舟運の最終期頃の下り船である。
 岩石が多く、日本三大急流である富士川舟運で使用された舟は、全体的に薄型で船底は平板といった急流用に工夫された構造が用いられていた。

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by kaz794889 | 2010-05-15 11:10 | 富士川 | Comments(0)


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