2010年 03月 15日

ラムネ

【ラム子広告】
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 黒船によりペリー提督が日本に来航した嘉永6年(1853年)に艦上で開国の交渉にあたった幕府側にラムネが振る舞われたことが、日本におけるラムネの最初というらしい。
 また、日本人の手による最初のラムネの製造・販売は慶応元年(1865年)、長崎の藤瀬半兵衛による「レモン水」として売り出されたものと伝えられているようだが、レモン水という名称が人々に応じられず、イギリスが出自のレモネードが訛った「ラムネ」の呼び名が一般化したという。
 国内における最初のラムネはコルク栓のもので、ビー玉入りのラムネは明治20年頃に輸入瓶を使用して製造されたものが嚆矢と言われている、その後、国内でビー玉入りのラムネ瓶が製造されるようになり全国にラムネが広まっている。
 写真の「ラム子広告」は芦原義信という経営者による涼水社が製造する「富士ラム子」の明治30年代頃の広告である。
 一瓶三銭、ドイツの製造法により、特に大阪ラムネ醸造所から良巧の技手を招聘して製造している旨が記載されており、涼水社の所在地は甲府市常盤町内藤前(広告中の大取次名に内藤伝右衛門の氏名も記載されているが、甲府日日新聞を野口英夫に譲り温故堂として業務を行っていた頃の当該事業所前に位置していたのだろうか。)とされている。

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by kaz794889 | 2010-03-15 16:25 | 広告・チラシ | Comments(2)
Commented by 西頭秀之 at 2015-02-14 09:01 x
ジーエータップの西頭(にしとう)といいます。私どもでJR九州のプリーズという旅の情報誌を制作しておりまして、5月号に長崎ラムネ物語の記事を掲載します。その誌面で「ラム子広告」の画像を借用したいと思っておりますが可能でしょうか。
Commented at 2015-02-14 12:51
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。


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