2009年 08月 09日

島田組と山梨第十国立銀行

【山梨県第十国立銀行】
f0191673_12514228.jpg 明治4年12月に山梨県における官金為替の取扱いが若尾逸平、風間伊七に命ぜられた後、明治政府の方針により三井組、小野組、島田組に府県為替方が委ねられることとなり、山梨県為替方は明治6年11月24日に京都に本拠を有する島田組の甲府支店(甲府柳町30番地)が命ぜられ、県為替方として全ての公金事務を取り扱うこととなった。

 明治7年9月には島田組の新店舗が常盤町(現在の山梨中央銀行本店の位置)に完成したが、同年12月には島田組が破産し甲府支店も閉店を余儀なくされたことから、新築したばかりの建物は山梨県に引き上げられ処分が検討されたが、いわゆる擬洋風の建築物でありの当時の一般商家には向かずその使い道が限られていたことから、県は銀行類似会社である興益社(第十国立銀行の前身)に建物の買取を要請し、明治9年3月に同社が払下を受けることとなったものの、山梨県が県庁舎として使用していた甲府勤番時代の追手役宅が庁舎狭隘を極めていたことから、地租改正を所管する組織である地券掛の庁舎としてしばらくの間賃貸するなどした後、明治10年4月15日に第十国立銀行として営業を開始している。
 
 写真の建物は、前述した旧島田組として明治7年9月に建設され、明治22年11月に本店が新築されるまで第十国立銀行、第十銀行として使用されていた建物である。
 
【貯蓄預リ通帳(表面)】
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 第十国立銀行の設立初期頃の通帳である。
 明治13年末頃には第十国立銀行の本店、支店、出張所の他、県内外の21箇所(県外は東京支店1か所のみ)に貯蓄を預かる「興産金取扱所」が設けられていた。



【貯蓄預リ通帳(裏面)】
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by kaz794889 | 2009-08-09 16:30 | 銀行 | Comments(0)


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